5. 膵癌の治療
膵癌診療ガイドラインでは治療のためのアルゴリズムが示されています。
ステージ分類および前述の切除可能性分類に基づいて治療方針を決定します。
外科手術
- 切除可能膵癌の場合、領域リンパ節郭清を伴った外科手術が選択されます。
- 膵頭部癌の場合は膵頭十二指腸切除術、膵体尾部癌の場合は膵体尾部切除術が行われます。また、癌が膵臓全体に及ぶ場合は膵全摘術が選択されます。
- 癌が門脈に浸潤しているときは、安全に再建できるのであれば、合併切除します。
- 切除可能境界膵癌に対する動脈合併切除に関して、ガイドラインでは根治切除のために腹腔動脈合併膵体尾部切除(DP-CAR)、肝動脈合併切除はおこなうことが提案されています(ともに弱い推奨)が、上腸間膜動脈は合併切除をおこなわないことが提案されています(弱い推奨)。
- 腹腔鏡およびロボット手術:保険適応となっていますが、高度な技術を要する手術であり、現在は一部の施設のみで行われています。
- 過去の論文のレビューでは、膵癌手術の件数が多い施設と少ない施設とを比較すると、全死亡率や在院死亡率、手術関連合併症の発生は有意に手術件数の多い施設で低く、術後在院日数も短かったとの報告があります。その結果を受けて膵癌診療ガイドラインでは、「手術件数の多い施設で外科的切除をおこなうことを提案する」と記載されています。
- 外科手術には以下の合併症が起こることがあります。
- 膵瘻(膵液瘻):膵臓の切離面から膵液が漏れること
- 腹腔内出血:漏れた膵液が血管を侵し、動脈瘤を形成して出血すること
- 腹腔内膿瘍:腹腔内に感染を起こして膿の溜まりができること
- 胃内容排出遅延:胃の蠕動運動が低下して、食べ物が胃から排出されなくなること
- 糖尿病:インスリンの分泌量が減るために発症します
- 胆管炎:膵頭十二指腸切除術の術後、胆管空腸吻合部の狭窄や、腸液が吻合部を通して胆管内に逆流したときに発生します
- 脂肪肝:術後の膵外分泌機能低下により脂肪肝を発症することがあります
- 脂肪便:膵液の分泌が減少することにより発症します
- 下痢:膵臓や動脈周囲の神経を切除したときにおこります
- 切除不能膵癌で癌の消化管浸潤により腸閉塞を来した場合、消化管バイパス術が行われることがあります。また、胆管浸潤で閉塞性黄疸を来した場合は胆道バイパス術が行われることがあります。近年は内視鏡治療の進歩により、より低侵襲な内視鏡的ステント留置術が選択されることが一般的です。
出典:患者さんのための膵癌診療ガイドラインの解説
術前補助療法
膵癌に対しては、手術単独では癌の取り残しを完全に防ぐことができないために、手術前に化学療法もしくは化学放射線療法がおこなわれています。
切除可能膵癌に対して、日本で行われた臨床試験(Prep-02/JSAP-05試験)の結果から術前補助化学療法(ゲムシタビン塩酸塩+S-1併用療法)の有用性が示され[1]、2025年版膵癌診療ガイドラインでも、術前補助化学療法を施行することが提案されています。(弱い推奨) 手術に対する影響に関しては、術前補助化学療法を施行した患者さんと施行しなかった患者さんとの比較において、手術時間、出血量、術後合併症は差がなかったと報告されています。
切除可能膵癌に対する術前補助化学療法について、ゲムシタビン塩酸塩+S-1併用療法以外のレジメに関しては、日本ではエビデンスがまだなく、現在行われているランダム化比較試験の結果が待たれます。
ボーダーライン膵癌に対しては手術を先行して行うと、癌を遺残なく切除することが困難な可能性が高いため、手術前に化学療法や放射線療法を行い、治療効果を評価したうえで、治癒切除が可能かどうか再検討します。
ボーダーライン膵癌に対する術前治療として、化学療法単独での治療あるいは化学放射線治療のどちらが効果的かは現在明らかではありません。[2]
切除不能膵癌に対しては化学療法もしくは化学放射線療法が行われます。近年は有効なレジメンの出現により化学療法や化学放射線療法後に奏功が得られ、切除可能となった患者さんに対しては積極的な外科手術が勧められ、このような手術をConversion surgery(コンバージョン サージェリー)といいます。
術後補助化学療法
- 膵癌切除後は術後補助化学療法を行うことにより生存率を延長させるため、行うことが推奨されています。
- 第一選択はエスワンの内服ですが、エスワンが内服できない場合はゲムシタビンによる化学療法が行われます。
切除不能膵癌に対する化学療法
- 切除不能膵癌に対する化学療法として、以下の抗癌剤が用いられています。
- 一次治療
FOLFIRINOX(フォルフィリノックス)療法:
フルオウラシル、イリノテカン、ホリナートカルシウム、オキサリプラチンを組み合わせた治療です。 FOLFIRINOX療法は強力な化学療法である反面、副作用が多い治療です。そのため、多くの施設で薬剤を減量したmodified FOLFIRINOX (モディファイドフォルフィリノックス)療法が行われています。 - ゲムシタビン+ナブパクリタキセル(GnP)療法:
FOLFIRINOX療法とともに膵癌の化学療法の中心となっています。FOLFIRINOX療法よりも副作用が少なく、有力な治療法のひとつとなっています。
- 上記2つの治療法はゲムシタビン塩酸塩単独での治療と比較して、高頻度の有害事象が報告されているものの、それに見合った治療効果が示されています[3.4]。
- 全身状態や年齢などから上記の治療がむずかしい場合は、以下の治療が行われます。
- ゲムシタビン単独療法
古くから有効な薬剤がなかった膵癌の化学療法が、ゲムシタビンの出現によって飛躍的に改善しました。ゲムシタビンは生存期間の延長のみでなく、癌による症状を緩和する効果があります。
- S-1(エスワン)単独療法
ゲムシタビン単独療法と比べて効果が同等であり、有害事象の程度もほぼ同等であると報告されています。
- 二次治療
- 切除不能膵癌に対しては上記の一次治療が行われますが、病勢の進行や有害事象による継続困難な場合、適切な二次治療をおこなうことで生存期間の延長が期待できます。
- 一次治療でゲムシタビン関連レジメンを使用された場合、二次治療としてはフルオロウラシル+レボホリナートカルシウム+イリノテカン塩酸塩水和物 リボソーム製剤併用療法(FF療法)、FOLFIRINOX療法などのフルオロウラシル関連レジメンで二次治療をおこなうことが推奨されています。
- 一次治療でフルオロウラシル関連レジメンが使用された場合、二次治療としてはゲムシタビン塩酸塩関連レジメンで二次治療をおこなうことが推奨されています。
- 一次治療
6. 術後経過観察
- 膵癌の切除後は定期的に経過観察する必要があります。
- 腫瘍マーカーの測定と造影CTや腹部超音波検査などの画像診断が必要です。
- 期間としては、術後2年間は3~6か月ごと。それ以降は6~12か月ごとに検査を行い、少なくとも術後5年間の経過観察が必要です。膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)や慢性膵炎などの膵癌の危険因子を有する患者さんは5年以降も経過観察することが望ましいとされています。
7. 引用文献
- Unno M, Motoi F, Matsuyama Y, et al. Neoadjuvant Chemotherapy With Gemcitabine and S-1 Versus Upfront Surgery for Resectable Pancreatic Cancer: Results of the Randomized Phase II/III Prep-02/JSAP05 Trial. Ann Surg. 2026;283(1):57-64. doi:10.1097/SLA.0000000000006730
- Nagakawa Y, Sahara Y, Hosokawa Y, et al. Clinical Impact of Neoadjuvant Chemotherapy and Chemoradiotherapy in Borderline Resectable Pancreatic Cancer: Analysis of 884 Patients at Facilities Specializing in Pancreatic Surgery. Ann Surg Oncol. 2019;26(6):1629-1636. doi:10.1245/s10434-018-07131-8
- Conroy T, Desseigne F, Ychou M, et al. FOLFIRINOX versus gemcitabine for metastatic pancreatic cancer. N Engl J Med. 2011;364(19):1817-1825. doi:10.1056/NEJMoa1011923
- Von Hoff DD, Ervin T, Arena FP, et al. Increased survival in pancreatic cancer with nab-paclitaxel plus gemcitabine. N Engl J Med. 2013;369(18):1691-1703. doi:10.1056/NEJMoa1304369