日本臨床外科学会雑誌 第85巻10号 和文抄録
症例
小腸穿孔術後に発症した粘液水腫性昏睡疑いの1例
市立東大阪医療センター消化器外科
矢田 大智 他
症例は72歳の女性で,5年間,甲状腺機能低下症の治療を自己中断していた.腹痛と呼吸苦を主訴に救急搬送され,消化管穿孔の診断で緊急手術を施行した.術中所見では絞扼性腸閉塞に起因する小腸穿孔を確認し,病変部小腸を部分切除した.術後にⅡ型呼吸不全の増悪と意識障害(Glasgow Coma Scale:E2V4M5)を認め,粘液水腫性昏睡を強く疑った.重症度は日内変動を示し,CO2ナルコーシスが頻発したため,侵襲的人工呼吸器管理を要し,気管切開を経て術後44日目まで継続した.術後83日目に在宅酸素療法を導入して自宅へ退院した.粘液水腫性昏睡は重度の甲状腺機能低下症を基礎に循環不全,呼吸不全や低体温症等を発症する死亡率の高い疾患である.周術期の発症は稀であるが,重篤な術後合併症となりうる.コントロール不良の甲状腺機能低下症併存例に対する手術時には,粘液水腫性昏睡の発症に注意し,また原因不明の呼吸不全を発見した際に粘液水腫性昏睡を疑うべきである.
89歳女性に発症した肉芽腫性乳腺炎の1例
JA山口厚生連周東総合病院外科
上田 晃志郎 他
肉芽腫性乳腺炎は妊娠可能な年代の女性に好発する比較的稀な良性炎症性疾患である.原因は未だ不明であるため,確立された治療法はない.妊娠・出産と関連のない高齢女性に発症した肉芽腫性乳腺炎の1例を経験したので報告する.症例は89歳,女性.右乳房腫瘤を主訴に前医を受診し,精査加療目的で当科に紹介となった.右乳房A区域とC区域に腫瘤を触知し,マンモグラフィではR-UM・I,R-U・Oに局所的非対称性陰影を認めた.また,乳房超音波検査では右乳腺A区域とC区域にそれぞれ20mm,10mmの境界明瞭粗糙で内部が等エコーと低エコーの混在する不均質な腫瘤がみられた.両病変から針生検を行ったところ,小葉中心性に非乾酪性類上皮肉芽腫と炎症細胞浸潤を認め,肉芽腫性乳腺炎と診断した.膿瘍形成などの感染所見を認めなかったため無治療経過観察としたところ,1年後に腫瘤は消失した.
35歳男性の左乳房に発生した神経鞘腫の1例
旭川医科大学呼吸器・乳腺外科
氏家 菜々美 他
乳腺神経鞘腫は全乳房良性腫瘍の0.2%と極めて稀な疾患である.症例は35歳,男性.4年前から左前胸部に腫瘤を自覚しており,マンモグラフィで左乳房12時方向に境界明瞭な円形高濃度腫瘤を,超音波検査で7mmの内部低エコー腫瘤を認め,乳腺線維腺腫疑いで経過観察された.2年後に13mmへの増大・圧痛・直上皮膚の発赤を認めCNB(core needle biopsy)で神経鞘腫が疑われ,外科的切除を施行した.病理組織は紡錘形細胞の束状増殖,核の柵状配列,Verocay bodyを呈し,免疫組織化学染色でS-100蛋白陽性の所見を認めたことから,乳腺神経鞘腫と診断された.神経鞘腫には特異的な画像所見がなく診断には病理組織検査が有用とされるが,悪性末梢神経鞘腫瘍との鑑別は針生検では困難であり,診断的治療目的の完全摘出が妥当である.乳房原発の神経鞘腫の報告は自験例を含め56例のみで,男性例は9例と極めて稀少である.男性は乳腺病変自体が稀で診断に苦慮する例が多く,診療にあたり本疾患を念頭に置く必要がある.
術前化学療法後にセンチネルリンパ節生検を行ったHER2陽性副乳癌の1例
岡崎市民病院外科
白濵 功徳 他
腋窩部副乳癌に対しては腋窩リンパ節郭清が標準であったが,近年,センチネルリンパ節生検を施行した報告も散見されるようになってきた.今回われわれはHER2陽性腋窩部副乳癌に対して術前化学療法を施行した後に,局所部分切除+センチネルリンパ節生検を施行し,腋窩リンパ節郭清を省略できた症例を経験したので報告する.症例は61歳,女性.来院2カ月前より右腋窩の腫瘤を自覚し,当院に紹介となった.精査の結果,右腋窩部の副乳癌(cT1N0M0 StageⅠ,HER2陽性)と診断し,術前化学療法を施行した後に局所部分切除+センチネルリンパ節生検を行った.術中迅速病理診断を行い転移陰性だったため,腋窩リンパ節郭清は省略した.術後病理学的所見で3mmの浸潤癌成分の残存を認めた.術後治療としてT-DM1療法を行い術後1年が経過するが,局所再発や転移再発は認めていない.
脳転移と髄膜播種がオラパリブに異なる反応性を示した再発乳癌の1例
岐阜大学医学部乳腺外科
安藤 幸紀 他
症例は32歳,女性.24歳時に右乳癌の診断で右乳房部分切除術+センチネルリンパ節生検を施行した後,化学療法(AC,PTX),放射線治療が施行された.32歳時に異時性対側多発乳癌の診断となり左乳房切除術+腋窩リンパ節郭清術,術後化学療法(AC,PTX)が施行されたが,化学療法終了1カ月後(術後10カ月後)より多発脳転移を認めた.BRCA1/2遺伝学的検査にてBRCA1病的バリアントを認め,オラパリブ(600mg/日)の内服加療を開始した.治療開始から3カ月目の頭部MRIで多発脳転移はいずれも著明な縮小(PR)が得られていたが,脳表に沿った造影効果が出現し髄膜播種が疑われた.4カ月目の頭部MRIおよび脊髄MRIでは脳転移は縮小を維持していたが,髄膜播種の増悪を認めた.全脳照射および免疫療法を施行するも状態は悪化し,再発より6カ月で死亡した.オラパリブはBRCA1/2病的バリアントを有する乳癌の治療に不可欠だが,頭蓋内病変に対する反応の違いがあることに留意すべきである.
治療中断後3年6カ月完全奏効中のStage Ⅳ HER2陽性乳癌脳転移の1例
名古屋セントラル病院乳腺・内分泌外科
稲熊 凱 他
症例は初発時年齢60歳,女性.6カ月前から増大する右乳房腫瘤を主訴に,2017年12月に近隣クリニックから当科に紹介された.針生検で右浸潤性乳管癌,ER(-),PgR(-),HER2 score(3+)と診断した.精査で右腋窩リンパ節転移と骨転移を認めたため,2017年12月からtrastuzumab+pertuzumab+docetaxelを開始した.治療経過途中に臨床的完全奏効(clinical complete response:cCR)を得られたため2018年5月からtrastuzumab+pertuzumabに変更したが,2018年12月に小脳転移が出現した.小脳転移に対する放射線治療は奏効したが,trastuzumab+pertuzumabの副作用で左室駆出率(left ventricle ejection fraction:LVEF)が低下したため2019年1月から2019年7月まで無治療経過観察となった.LVEFの回復を確認して2019年8月から2020年7月まで抗HER2療法を再開したが再度LVEFの低下を認め,以後治療を中断している.現在放射線治療後5年1カ月,抗HER2治療中断後3年6カ月経過し無治療でcCRを持続している.
一期的外科治療を行った人工弁心内膜炎と縦隔膿瘍の1例
日本医科大学武蔵小杉病院心臓血管外科
網谷 亮輔 他
人工弁心内膜炎(prosthetic valve endocarditis:PVE)・縦隔炎は,ともに死亡率が高い重篤な疾患である.今回,PVEと縦隔膿瘍形成を生じた稀な症例に対して一期的手術を行い良好な経過が得られたため報告する.症例は62歳,男性.大動脈弁閉鎖不全症に対して生体弁による大動脈置換術(AVR)を施行した.AVR術後191日目に発熱精査で入院.血液培養からメチシリン耐性表皮ブドウ球菌を検出.心臓超音波検査にて弁に付着する疣贅および弁輪部周囲膿瘍を認め,PVEと診断した.CTにて大動脈基部から縦隔へと進展する膿瘍腔が形成され肺動脈を圧排していた.入院第5病日に大動脈基部置換術および一期的大網充填手術を施行した.術中および術後培養検査で菌検出は無く,感染再発は認めなかった.以後,再燃なく3年が経過している.
胸腔内に突出した肋骨骨折骨片による遅発性外傷性血胸の1例
コミュニティーホスピタル甲賀病院外科
有村 隆明 他
症例は85歳,女性.自宅のベッドから転落して左側胸部痛を主訴に受診した.胸部X線で左気胸を認め,胸部CTでは左多発肋骨骨折と肺内血腫を認め,少量の胸水も貯留しており経過観察目的に入院となった.第2病日の胸部X線で気胸や胸水の増悪はなかったが,第5病日の血液検査でヘモグロビン値の軽度低下を認めた.胸部造影CTで肺内血腫は改善していたが,肋骨骨折端は胸腔内に突出し左上葉に穿孔していた.左胸水も増加しており,遅発性外傷性血胸と診断した.骨折端は左肺動脈に近接しており,肺の再膨張で骨折端による肺穿孔が進行して肺損傷が増悪する可能性があり,緊急で胸腔鏡下手術を施行した.肋骨骨折端による肺穿孔部位は肺と壁側胸膜が癒着しており,穿孔部の癒着を剥離せずに肺部分切除を行い止血した.部分切除後に穿孔部の癒着を剥離すると,第6肋骨の骨端が胸腔内に突出しており,骨折部直上で小開胸を行い肋骨部分切除と断端形成を行った.術後は第2病日にドレーンを抜去して第6病日に退院した.肋骨骨折端による遅発性外傷性血胸は稀であり,文献的考察を加えて報告する.
肺非結核性抗酸菌症に対する手術治療後の遅発性感染性胸壁嚢胞の1例
徳島赤十字病院外科
山本 清成 他
症例は68歳,男性.57歳時に肺非結核性抗酸菌症に対して半年間の抗菌化学療法を行った.その後,喀血をきたし58歳時に胸腔鏡下右上葉切除を施行した.術後抗菌化学療法を希望せず,経過観察の方針となった.約1年後に右肩甲骨下のポート創直下に被膜を有する嚢胞が出現し,局所麻酔下に切除した.病理学的に嚢胞壁には特異的変化はなく,肥厚した線維性胸膜と診断された.内容液のZiehl-Neelsen染色および抗酸菌培養は陰性であり,臨床経過から胸壁ヘルニアと診断した.嚢胞切除から8年後,同部位の再膨隆を認めた.病巣範囲は以前より広範囲であった.全身麻酔下に硬い線維性被膜を有する嚢胞を完全に切除した.胸腔鏡での観察では胸膜および胸腔内に異常を認めなかった.嚢胞壁の抗酸菌培養およびPCR検査でMycobacterium aviumが検出され,感染性胸壁嚢胞と診断した.遅発育菌による胸腔鏡手術後の胸壁感染は稀であるが,念頭に置くべきで,術前後の抗菌化学療法の重症性が再認識された.
胸腔鏡下観察を併用し腹腔鏡下修復術を行ったMorgagni孔ヘルニアの1例
出雲徳洲会病院外科
平松 丈朗 他
症例は69歳,男性.健診時の胸部単純X線で指摘された縦隔異常陰影の精査目的で当院を受診した.単純CTや造影MRIで横隔膜右側の約4cmの欠損孔と,同部位から下縦隔への大網の嵌入を認め,横隔膜ヘルニアと診断した.明らかな絞扼所見はなく無症状であったため,待機的に手術を行う方針とした.手術は,右胸腔内の胸腔鏡観察を併用して腹腔鏡下に進めた.術中にMorgagni孔ヘルニアと診断し,ヘルニア嚢を切除してヘルニア門を腹壁外結紮法にて閉鎖した後,prosthesisで補強した.横隔膜ヘルニアに対する腹腔鏡下手術の報告例が近年散見されるが,胸腔鏡観察を併用した報告例は極少数である.本症例では根治性を重視して腹腔鏡下にヘルニア嚢を切除したが,胸腔鏡観察を併用したことで,本術式で問題となる縦隔気腫の評価が可能で,胸腔・縦隔内臓器損傷のリスク回避につながったと考える.
手術加療を行った傍ストーマヘルニア嵌頓による胃穿孔の1例
埼玉医科大学消化器・一般外科
髙山 哲嘉 他
症例は71歳,女性.48歳時にS状結腸憩室穿孔に対してHartmann手術を施行され,術後3カ月目より傍ストーマヘルニアを認めていた.腹痛にて近医を受診し,傍ストーマヘルニア嵌頓による消化管穿孔の診断で当科に紹介となった.腹部CTでは遊離ガスとともにヘルニア嚢内に胃,小腸および大腸が脱出していた.術中所見では胃体部がヘルニア門に嵌頓し胃体上部で穿孔していた.穿孔部を直接縫合閉鎖し,ヘルニア脱出臓器の腹腔内への還納を試みたが困難であった.そのため,減量目的に小腸部分切除も追加したが,還納することは不可能であり,ヘルニア門を開放し嵌頓解除のみで終了した.術後縫合不全による腸管皮膚廔を合併し,栄養管理にて減量し小腸人工肛門造設術を行ったものの,ヘルニアの根治術を行うことはできなかった.巨大な傍ストーマへルニア嵌頓に対して脱出臓器の還納にこだわらず,嵌頓解除のみとする判断力も必要であると思われた.
成人肥厚性幽門狭窄症の1例
札幌里塚病院外科
目黒 誠 他
われわれは成人に発症し,術前診断しえた肥厚性幽門狭窄症の1切除例を経験したので報告する.症例は79歳,男性.つかえ感,嘔吐症状を主訴に当院を受診したが,前医にて逆流性食道炎,食道潰瘍,食道癌疑い病変の精査などで1年ほどフォローされていた.血液生化学的検査で腫瘍マーカーを含めて異常を認めなかった.上部消化管内視鏡検査では,幽門輪が全周性に肥厚し,まるで子宮頸部様を呈する,いわゆるcervix signが確認された.腹部造影CTで幽門部に造影される腫瘍性病変がなく,周囲リンパ節腫大もなかったことから成人肥厚性幽門狭窄症の診断で,幽門側胃切除術を施行した.術後経過は順調である.繰り返す嘔吐症状,逆流性食道炎,食道潰瘍,胃内容排泄遅延を呈するときは,本症も鑑別診断として想起すべきと思われた.
SALL4陽性・AFP陰性の胎児消化管類似胃癌の1例
豊橋市民病院一般外科
畑佐 実咲 他
症例は82歳,女性.貧血の精査で内視鏡検査を施行.噴門部から胃体下部小弯後壁側にかけて2型病変を認め,生検にてadenocarcinomaと診断されたため,胃全摘・膵脾合併切除術を施行した.病理組織検査でSALL4陽性,AFP陰性を示し,胎児消化管類似癌と診断された.年齢を考慮し,術後補助化学療法は施行しなかった.術後1年2カ月で子宮・左閉鎖リンパ節・腹膜転移を認め,術後1年3カ月で肝転移をきたし,術後1年4カ月で永眠に至った.
胎児消化管類似胃癌は,悪性上皮性腫瘍の特殊型に分類される非常に稀な疾患であり,また高率で静脈侵襲・リンパ管侵襲・肝転移をきたし極めて予後不良であるとされている.しかしながら,症例数が少なく確立された治療方針はないため,今後の検討が期待される.
A型胃炎を背景とした多発胃カルチノイドに併存した早期胃癌の1例
大阪市立総合医療センター消化器外科
松岡 浩平 他
症例は73歳,男性.前医でA型胃炎の経過観察中に胃の隆起性病変を指摘され,当院を紹介受診となった.消化器内科で精査の結果,胃体中部前壁に4mm大,後壁に5mm大の神経内分泌腫瘍(NET)と診断され,内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を施行された.病理組織学的所見は,前壁の病変はendocrine cell hyperplasia,後壁の病変はNET G1であった.ESD7カ月後の上部消化管内視鏡検査で,ESD瘢痕と別部位の胃体中部前壁に5mm大の隆起性病変を認め,生検でNET G1の診断となった.生検部以外に粘膜の発赤を認め,内科的治療による根治が困難と判断し,ロボット支援下幽門側胃切除術(D1+リンパ節郭清)を施行した.病理組織学的所見は,NET G1病変を計4病変認め,同一標本内に7mm大の早期胃癌(Sig,pT1a,pN0)を認めた.術後は合併症なく経過した.A型胃炎を背景としたカルチノイド病変に対し胃切除を行う場合は,早期胃癌の存在を念頭に置いた内視鏡診断が重要と考えられた.
小腸穿孔を合併した小腸lipomatosisの1例
八千代病院外科
前畑 昂洋 他
症例は55歳,男性,以前より反復する腹痛を認めていた.2021年6月,腹痛の増悪を主訴に当院を受診した.造影CTでは,回腸の拡張と腸管内に多発する低吸収腫瘤を認め,その周囲にfree airを認めた.小腸穿孔の診断で緊急手術を施行した.術中拡張腸管に穿孔部を認め,小腸部分切除を行った.摘出標本では,腸管内に有茎性腫瘤が多発し,その中で最大径の腫瘤の基部が穿孔していた.顕微鏡的に,粘膜下には成熟した脂肪細胞の増生を認めた.以上の所見より,小腸lipomatosisによる小腸穿孔と診断した.術後経過は良好で無事退院し,現在術後2年,腹痛の再発は認めていない.
小腸lipomatosisは稀な疾患で腸重積での発症が多いが,穿孔で発症した症例は本邦で報告例がなく,若干の考察を加え報告する.
虫垂炎を繰り返した虫垂inflammatory fibroid polypの1例
小牧市民病院外科
北條 由実子 他
症例は70歳,男性.2011年より急性虫垂炎を4回発症し,保存的治療を繰り返していた.2022年9月,待機的な虫垂切除術目的に当科に紹介となった.術前検査の腹部CTで虫垂体部に限局した腫瘤を認めた.過去画像と比較すると,虫垂腫瘤は2021年7月のCTより認められた.虫垂腫瘍による虫垂炎を疑い精査のために下部消化管内視鏡検査を施行したが,虫垂開口部に上皮性変化を認めず同部位からの生検標本にも悪性所見を認めなかった.2022年11月,虫垂腫瘍に対し腹腔鏡下虫垂切除術を施行した.病理組織学的所見では粘膜下層から固有筋層にかけて紡錘形細胞のびまん性の増殖,背景に好酸球細胞の浸潤を認め,免疫染色で紡錘形細胞はCD34陽性であった.病理学的所見よりinflammatory fibroid polyp(以下IFP)と診断した.今回,CTで経時的に評価し発症原因として炎症が関与していると考えられた虫垂IFPを経験した.虫垂IFPは虫垂炎を繰り返す可能性があり,外科的切除が望ましいと考える.
抗リン脂質抗体症候群に伴う血小板減少症を併発した上行結腸癌の1例
岩手県立宮古病院外科
宮本 将秀 他
症例は63歳,男性.便潜血陽性を主訴に消化器内科を受診し,精査で上行結腸癌と診断された.61歳時に偶発的に血小板低値を指摘され,抗カルジオリピン・β2-GPI複合体陽性の抗リン脂質抗体症候群と診断された.術前の凝固能検査では異常を認めなかったことから,手術に際してはヘパリン等の抗血栓療法を行わなかった.一方で,術前血小板数が5万程度であったことから,血小板数増加を促す目的にγグロブリン大量静注療法(IVIG療法)と血小板輸血を術前に実施した後,腹腔鏡下回盲部切除を施行した.周術期に出血性合併症の出現なく良好に経過した.血小板減少症を伴った抗リン脂質抗体症候群合併の上行結腸癌において,IVIG療法と血小板輸血を施行した後,手術を行った1例を経験したので報告する.
Hartmann術後肛門側残存腸管に発症した重症虚血性直腸炎の1例
医学研究所北野病院消化器外科
西川 裕太 他
症例は83歳,男性.3年前に他院でS状結腸捻転症に対してHartmann手術が施行された.自然肛門からの大量下血で当院を受診,直腸潰瘍や憩室出血が疑われ,緊急入院となった.保存的加療を行うも入院第3日目に炎症反応の著明な上昇と腎機能の悪化を認め,緊急下部消化管内視鏡検査で残存直腸粘膜に広範囲にわたる壊死を認めた.重症虚血性直腸炎と診断し,緊急開腹手術の方針とした.術中所見では漿膜面の壊死は認めず,前回手術で温存された下腸間膜動静脈を確認できた.直腸間膜を可能な限り肛門側まで授動し,下部直腸で切離した.術後は切離断端の破綻による骨盤底膿瘍を形成したが経肛門ドレナージを行い改善,術後31日目に転院となった.
腹腔鏡手術を行ったS状結腸癌嵌頓鼠径ヘルニアの1例
長崎みなとメディカルセンター外科
行武 彩季 他
大腸癌の鼠径ヘルニア嵌頓は稀であるが,穿孔や壊死リスクを伴う緊急性の高い病態である.今回,左鼠径ヘルニアに嵌頓したS状結腸癌に対し,鏡視下手術を施行した症例について報告する.症例は75歳の男性で,便潜血精査目的に近医より当院消化器内科へ紹介された.20年来の左鼠径ヘルニアがあったが,ヘルニア嚢内に2病変の腺癌を含めたS状結腸が嵌頓していたため当科に紹介,準緊急手術の方針となった.嵌頓のため正中創からの腫瘍摘除は困難と考え,鏡視下操作を先行し腸管授動,脈管処理およびリンパ節郭清を行ったのち,鼠径部を切開して結腸切除,併せてiliopubic tract repairによるヘルニア修復を行った.術後経過は良好で,大腸癌の転移再発やヘルニア再発なく経過している.
右鼠径部炎症性偽腫瘍の1例
山口県立総合医療センター消化器外科
竹森 広大 他
炎症性偽腫瘍(inflammatory pseudotumor:IPT)は炎症を主体とする組織像からなる境界明瞭な腫瘤性病変である.これまでIPTと呼ばれてきたものの中に,再発や転移を起こす真の腫瘍性病変が含まれることが報告されており,近年,それらを炎症性筋線維芽細胞性腫瘍(inflammatory myofibroblastic tumor:IMT)として区別して呼ぶようになっている.IMTはIPTと同様の組織像を示し,約半数の症例でALK遺伝子の再構成が認められることを特徴としているが,両者を明確に鑑別する手法は確立していない.今回われわれは,外科的切除後に病理学的所見からIPTと診断された右鼠径部腫瘤の1例を経験した.免疫染色でALK陰性であることからIPTの可能性が高いと考えられるが,IMTを明確に否定することは困難であり,定期的な画像フォローによる経過観察を行う方針としている.
閉鎖孔ヘルニア偽還納の1例
JA山口厚生連周東総合病院外科
林 雅規 他
ヘルニア偽還納は脱出臓器がヘルニア嚢に嵌頓したまま腹膜前腔に還納される稀な病態で,鼠径ヘルニアや大腿ヘルニア嵌頓整復後の発症が報告されている.閉鎖孔ヘルニアは比較的稀で,これまで偽還納の報告はない.今回,閉鎖孔ヘルニア偽還納症例を経験したので報告する.症例は85歳の女性で,CTにて左閉鎖孔ヘルニア嵌頓と診断され,超音波ガイド下に整復し入院とした.第3病日に腸閉塞を発症し,改善がないため試験開腹を行った.脱出小腸はヘルニア嚢に嵌頓したまま閉鎖孔から腹膜前腔に還納され,偽還納と診断した.小腸切除とヘルニア嚢の反転結紮を行い,後日腹腔鏡下ヘルニア根治術を施行した.整復後のCTを後方視的に確認したところ,偽還納に特徴的であるpreperitoneal hernia sac signを認めた.閉鎖孔ヘルニア嵌頓は整復後に偽還納を発症し得るため,整復後のCTにて同所見の有無を確認する必要がある.
術後14年でS状結腸転移・肝転移をきたした脈絡膜悪性黒色腫の1例
筑後市立病院外科
髙木 健太 他
症例は64歳,男性.2008年に右脈絡膜悪性黒色腫に対して,右眼球摘出術を施行された.再発なく経過し,フォローアップも終了となっていたが,2021年12月の左下肢閉塞性動脈硬化症に対する経皮的血管形成術の術前CTで骨盤内腫瘤を指摘された.小腸またはS状結腸の粘膜下腫瘍が疑われ,径は3cm未満であったため経過観察の方針となった.2022年4月のCTで増大傾向にあり,腫瘤内部の出血所見も認めたため,診断・治療目的に外科的切除を行った.腫瘍は黒色でS状結腸および膀胱と癒着しており,肝表面に複数の黒色腫瘤を認めた.結腸および膀胱を合併部分切除し,病理組織診にてS状結腸の転移性悪性黒色腫の診断となった.肝腫瘤は後日EOB-MRIで悪性黒色腫の肝転移の診断となった.
脈絡膜悪性黒色腫自体が稀な疾患であり,原発巣術後フォローアップ終了後に転移をきたした珍しい症例であるため報告する.