日本臨床外科学会雑誌 第84巻12号 掲載予定論文 和文抄録
原著
甲状腺疾患への穿刺吸引細胞診で線毛円柱上皮を認めた症例の検討
伊藤病院外科
齋藤 慶幸 他
目的:甲状腺疾患の超音波ガイド下穿刺吸引細胞診(UG-FNAB)で気管穿刺に気付かず、細胞診結果で線毛円柱上皮を認めることがまれにあり、その影響を分析した。方法:2005年1月~2022年6月にUG-FNAB施行例のうち細胞診所見で線毛円柱上皮を指摘された症例を対象とした。結果:全1,042,356症例中、線毛円柱上皮を含む細胞は19症例(0.0018%)で認めた。5mm以下の腫瘍は1例で10mmを超えるものが半数であった。石灰化で腫瘍内部や気管境界部の描出が不明瞭なものは5例のみだった。再検などで悪性7例、良性5例と診断されたが、7例は未診断のままであった。続発する合併症はなく、悪性例で局所再発は認めなかった。結論:気管穿刺は続発する合併症や癌再発という点で大きな問題はなさそうであるが診断率は下げる。線毛円柱上皮を認めた際は腫瘍サイズや形状に関わらず、気管穿刺の可能性も考慮する必要がある。
センチネルリンパ節RI-リンパ流からみた乳癌腋窩郭清予測
鹿児島市立病院乳腺外科
吉中 平次 他
センチネルリンパ節生検はcN0乳癌に対する標準術式として定着し,RI・色素併用法が推奨される.207例についてセンチネルリンパ節へのRI-リンパ流を手術前日,RI注入時のSPECT-CTを用いて計測し,RI-リンパ流を規定する臨床病理学的因子とくに腋窩郭清の必要なセンチネルリンパ節マクロ転移の関与を検討した.RI-リンパ流はリンパ節転移の有無とは必ずしも相関せず,微小転移>転移陰性>マクロ転移の順に低下し,マクロ転移を伴う群で微小転移のみの群に比べ有意に低値であった.一方,RI-リンパ流は年齢と負の相関を示しとくに閉経後で低値であった.また,内下部(B)区域に腫瘍が占拠する症例で低値の傾向を示し,腫瘍径やBMIとは有意な相関はみられなかった.これらの結果から,若年とくに閉経前のB区域以外に占拠する症例でRI-リンパ流が低値な場合には腋窩郭清への術式変更があり得,高齢或いはB区域の症例でもRI-リンパ流が良好であればその可能性は低いと予測できる.
症例
肺空洞性結節を呈したウェステルマン肺吸虫症の1例
高知大学医学部呼吸器外科学講座
岡田 浩晋 他
症例は46歳の男性.2ヶ月前から続く血痰を主訴に入院したが,入院後には喀血をきたした.胸部CTでは左肺上葉に空洞を伴った結節影と肺門リンパ節の腫大を認め,肺癌の可能性も否定できず手術を行った.胸腔内には黄褐色に混濁した胸水が貯留し,壁側胸膜には血管の増生,白色の胼胝,赤褐色の斑点を瀰漫性に認めた.横隔膜には白色の胸膜肥厚および無数の小結節を認めた.病理組織学的所見では腫瘍内の壊死組織の辺縁部に短楕円形~三日月状となった卵殻様構造と内部に数個の核と好酸性の細胞質を持つ細胞塊を持った虫卵を認め肺吸虫症と考えられた.抗寄生虫抗体スクリーニング検査ではウェステルマン肺吸虫症が最も疑われ,病理組織検査と合わせて診断確定した.ウェステルマン肺吸虫症は比較的稀な疾患であるが,肺腫瘤の鑑別疾患として念頭におくべきである.
EWSを用いた気管支充填で救命した急性呼吸不全を呈した結腸気管支瘻の1例
長崎みなとメディカルセンター外科
赤尾 恵子 他
結腸気管支瘻(colonobronchial fistula : CBF)は消化管と気管支の間の瘻孔により,重篤な肺炎を併発し致死的となる.
症例は75歳男性.下行結腸穿孔により生じた左横隔膜下膿瘍に対し経皮ドレナージと抗菌薬投与を行っていた.治療中に横隔膜下膿瘍が左肺底区気管支に穿破し,便汁の流れ込みによる重症肺炎をきたした.急性呼吸不全と敗血症性ショックとなり,救命のため穿孔部腸管の切除,人工肛門造設に加え,便汁の気道への流入を防止するためEndobronchial Watanabe Spigot(EWS)を用いた気管支充填術をおこなった.気管支充填により便汁の流れ込みは消失し,術中から呼吸状態は安定し術後は肺炎の増悪を認めなかった.手術から約2.5ヶ月後に自宅退院となった.
CBFに対するEWSを用いた気管支充填術は有用である.
子宮体癌術後の肝尾状葉浸潤を伴う横隔膜転移・縦隔リンパ節転移の1例
神戸赤十字病院外科
久保田 暢人 他
症例は75歳,女性.6年9か月前に子宮体癌Ⅲa期に対して子宮全摘・両側付属器切除・大網部分切除・骨盤リンパ節生検が行われた.今回,CTにて下大静脈(IVC)近傍に増大傾向の横隔膜腫瘍を認めた.PET-CTと造影MRIにて子宮体癌の再発が疑われ,手術を施行した.腫大した傍食道リンパ節を迅速病理組織検査に提出し,子宮体癌の転移と診断された.横隔膜腫瘍は肝尾状葉に浸潤していたが,プリングル法とIVCのサイドクランプで血流をコントロールして切除することができた.病理組織診断は子宮体癌の横隔膜転移であった.子宮体癌の再発は肺・腹膜・卵巣に多いが,横隔膜と縦隔リンパ節に再発した稀な症例を経験した.R1切除にはなったが,診断を確定できたことでこれまでの治療との一貫性を保つことができた.術後から55か月の生存が得られていることからも,手術を含めた積極的な集学的治療が予後改善に繋がったことが示唆された.
自殺目的に多量の裁縫針を経口摂取した小腸・結腸異物の1例
東京都立多摩総合医療センター外科
辻 大興 他
患者は68歳,女性.頚部を自傷し当院を受診した.腹部X線で偶然に多数の線状影を認め,受診の二日前に多量の裁縫針を自殺目的に経口摂取したことが判明した.腹部単純CTで小腸と結腸に多数の線状影を認めたが,消化管穿孔の所見を認めなかった.自然排出される可能性が高いと判断し,禁食,緩下剤内服による保存加療の方針とした.7病日の腹部単純CTで線状影の多くは結腸に移動し半量程度に減少していた.また回腸とS状結腸で腸間膜への穿通が疑われた.25病日の腹部単純CTで残存する線状影は横行結腸内に1ヶ所と,穿通を疑う回腸とS状結腸の計3か所のみとなった.28病日に開腹異物除去術を施行した.術中に下部消化管内視鏡で横行結腸内の針を摘出した.また術中透視を併用し穿通した針を摘出した.経過は良好で術後14病日に精神科に転科となった.
術前診断が困難であった終末回腸に狭窄症状を呈した回腸憩室炎の1例
総合南東北病院外科
丸山 裕也 他
46歳、男性。半年前からの繰り返す腹痛と発熱を主訴に当院を受診した。精査の結果、回腸末端から上行結腸にかけて、腸管壁の浮腫状変化と回腸末端の狭窄を認め、腸閉塞の診断で入院した。下部消化管内視鏡検査では、回盲部から横行結腸に粘膜の浮腫状変化のみを認めた。パテンシーカプセル検査を施行し、回腸末端での通過障害を認めたため、高度狭窄に対する診断と治療目的に手術の方針とした。術中所見では回腸から横行結腸右側にかけて漿膜面の発赤と硬化を認め、後腹膜・右側腹壁と強固に癒着していた。腹腔鏡下右半結腸切除術を施行し、術後経過は良好で、第7日目に退院した。術後病理組織学的所見では、悪性所見や炎症性腸疾患を示唆する所見は認めず、繰り返す回腸憩室炎により漿膜下層に線維化を生じ、狭窄に至ったと考えられた。回腸憩室炎による狭窄症例はまれであり、若干の文献的考察を加え報告する。
Laparoscopic interval appendectomyを行った鼠径管膿瘍合併虫垂炎の1例
三重県立志摩病院外科
根本 明喜 他
症例は69歳女性,1週間前から右下腹部に発赤・圧痛が出現したため,近医を受診した.右鼠径ヘルニア嵌頓疑いにて,当院外科に紹介となった.右下腹部に発赤が外陰部まで達する手拳大の有痛性腫瘤を認めた.腹部造影CTで右後腹膜から鼠径管・腹壁にかけて膿瘍形成を認め,膿瘍は腫大した虫垂先端と連続しており,急性虫垂炎の腹壁穿通と診断し,腰椎麻酔下に鼠径管・腹壁膿瘍の切開排膿術を施行した.4カ月後,下部消化管内視鏡検査を施行し,悪性所見のないことを確認して,腹腔鏡下に虫垂切除術を施行した.現在術後1年4カ月目であるが経過良好である.近年保存的加療後のlaparoscopic interval appendectomy(待機的腹腔鏡下虫垂切除術:以下LIA)が治療選択肢の1つとして認識されてきている.最近我々は外陰部に及ぶ鼠径管膿瘍を合併した腹壁穿通性虫垂炎に対し,切開排膿によるドレナージを施行後に安全に,整容性にも優れたLIAを施行した稀な症例を経験したので報告する.
虫垂重積で発見された虫垂神経節細胞腫の1例
南町田病院外科
北村 陽平 他
症例は22歳女性。他院で虫垂炎と診断され、抗生剤内服にて経過を見ていたが、症状の増悪がみられ精査を行ったところ、回盲部重積症と診断され当院紹介となった。当院で行った検査の結果、虫垂重積と診断し、内視鏡的な整復を試みたが、整復できず、腹腔鏡下虫垂切除術を行った。病理組織学検査の結果、虫垂神経節細胞腫の診断に至った。消化管に発生する神経節細胞腫は神経線維腫症1型(Neurofibromatosis-1)または多発内分泌腫瘍(Multiple Endocrine Neoplasia)に合併することがほとんどであるが、本症例はそれら疾患を合併しないものであり、それが虫垂に発生することは非常に稀である。また虫垂重積症で発見されたものに関しては、検索し得る限りでは今までに報告がないため、文献的考察を加えて報告する。
横行結腸原発未分化多形肉腫の1例
名古屋掖済会病院外科
茂野 佐弓 他
症例は62歳,女性.右下腹部腫瘤を自覚し当院を受診した.CTにて右下腹部に14cm大の腫瘍を認め,小腸・上行結腸および腸腰筋に接していた.下部消化管内視鏡検査では異常所見を認めず確定診断は得られなかった.小腸もしくは上行結腸原発の消化管間質腫瘍を疑い開腹手術を施行した.腫瘍は横行結腸壁から発生しており,非切除因子を認めなかった.結腸右半切除術を施行し,病理検査の結果未分化多形肉腫の診断に至った.術後治療は併施せず術後1年を経過した現在のところ無再発生存中である.
未分化多形肉腫は四肢に好発する予後不良の軟部肉腫であり,結腸原発はまれとされる.今回術後に診断確定した1例を経験した.手術までのプロセスを振り返りつつ,文献的考察を加え報告する.
臀部膿瘍を合併した下行結腸癌の1例
さいたま市立病院消化器外科
中太 淳平 他
症例は70歳,男性.転倒による後頭部打撲で当院へ搬送された.左臀部の腫脹と発赤を認めたためCT検査を施行したところ,臀部膿瘍および下行結腸癌と後腹膜膿瘍を認め,緊急入院となった.下部消化管内視鏡検査で下行結腸に全周性2型病変を認め,生検で腺癌と診断された.左下肢骨折に対して左腸骨移植の既往があり,後腹膜膿瘍はその左腸骨欠損部を介して左臀部膿瘍に交通していた.人工肛門造設術とドレナージにより膿瘍は消失したが,残る瘢痕組織の完全切除には左腸骨合併切除が必要であり,過大侵襲を避けるため,瘢痕組織の切除は原発周囲から腸骨瘻孔部までとした.結腸左半切除術と人工肛門閉鎖術を施行したが,病理所見でも剥離断端に癌は認めなかった.術後42ヶ月経過した現在も,再発なく経過している.
上行結腸癌の腹膜播種結節との鑑別が困難であった肝孤立性壊死性結節の1例
大分県立病院外科
安田 一弘 他
症例は81歳の女性で、上行結腸癌に対して腹腔鏡下右結腸切除術を行ったところ、腫瘍近傍の肝下面に3cm大の八つ頭状の白色結節を認めた。術前CTでは多発する肝嚢胞とともに肝S5に辺縁わずかに造影される低吸収域として認められた。周囲浸潤を伴う進行癌であったため、白色結節は上行結腸癌の播種結節が肝浸潤したものと判断し肝部分切除術を併施した。肝切除標本は厚い被膜を伴う結節で内部に黄土色の粥状物が充満していた。病理検査で上行結腸癌は低分化型、深達度SS、リンパ節転移陰性であった。白色結節は壊死物質やコレステリン裂隙を含む嚢胞性病変で、被膜は硝子化した膠原線維と弾性線維から構成されており悪性所見は認めず、肝孤立性壊死性結節と診断した。肝孤立性壊死性結節はまれな肝内占拠性病変であり術前・術中診断が困難なことが多い。これまでの症例報告46例を集積し、臨床病理学的特徴についての検討を加えたので報告する。
肝切除を行った糖原病Ⅰa型に合併した肝細胞腺腫の1例
一宮市立市民病院外科
平山 泰地 他
症例は17歳,男性.2歳時に糖原病Ⅰa型と診断され小児科にて加療中であったが,17歳時にCTにて肝S6に8cm大の腫瘍と両葉に多発する結節性病変を指摘された.糖原病Ⅰa型に合併した肝細胞腺腫が強く疑われ,S6の病変については悪性化や破裂のリスクを回避するため切除の適応と判断された.開腹時,肝臓は著明に腫大し,脂肪肝の様相を呈し,肝下面に突出する手拳大の弾性軟な腫瘍を認め,肝部分切除術を施行した.術後は糖原病Ⅰa型に起因する乳酸アシドーシスや低血糖発作に対する厳格な血糖管理のため2日間のICU管理を要したが,その後は良好に経過した.病理組織学的検査結果では悪性所見を認めず肝細胞腺腫に矛盾しない所見であった.術後1年6ヶ月現在,残存する肝細胞腺腫の増大を認めており,肝移植を提案中である.糖原病Ⅰa型に合併した肝細胞腺腫に対しては肝移植を念頭に置き,悪性化や破裂を考慮しつつ個々に応じた治療を行う必要がある.
術前に後天性血友病Aの合併を診断し肝切除を行った肝細胞癌の1例
静岡県立総合病院消化器外科
藤田 哲嗣 他
症例は78歳男性.全身の疼痛を主訴に受診,精査にて後天性血友病Aを合併した多発肝細胞癌と診断した.まず後天性血友病に対する免疫抑制療法を先行し,凝固第Ⅷ因子自己抗体の陰性化とAPTT値の正常化を達成した.根治切除には肝右葉切除が必要であり,門脈右枝塞栓術を施行の後,肝右葉切除を施行した.術後経過は良好で第15病日に退院,術後半年無再発生存している.また後天性血友病Aも寛解を維持している.
後天性血友病Aは,自己免疫性疾患や悪性腫瘍により免疫機構が破綻し,後天性に凝固第Ⅷ因子自己抗体が出現し生じる疾患である.本症例では,後天性血友病Aを術前に診断し,その治療を先行することで,安全に肝切除を施行できた.本疾患を術前診断不能であった際の悪性腫瘍の外科切除例では,止血ができず不幸な転帰を辿ることも少なくない.術前にAPTT単独延長などの凝固異常を認めた際には,後天性血友病Aの合併も考慮すべきだと考えられた.
経皮経肝胆嚢ドレナージが成因と考えられた胆嚢仮性動脈瘤の1例
済生会松阪総合病院外科
留奥 賢 他
症例は81歳男性。黄疸、意識障害を主訴に当院救急外来を受診し、腹部USで壁肥厚を伴う胆嚢腫大と内部に11mm大の結石を認めた。CTでは複数の結石と腫大した胆嚢周囲に脂肪織濃度上昇を認め、急性胆嚢炎(GradeⅢ)と診断しpercutaneous transhepatic gallbladder drainage(PTGBD)を施行した。PTGBD穿刺時に、胆嚢内出血を認めたが翌日には自然止血した。胆嚢炎軽快後の第22病日の腹部US・造影CTで胆嚢壁内腔側にPTGBDチューブ刺入部近傍の胆嚢動脈深枝に隣接して15mm大の胆嚢仮性動脈瘤の形成を認めた。血管外漏出所見はなく、循環動態が安定しており、抗血小板剤を休薬後、待機的に腹腔鏡下胆嚢摘出術を施行した。病理組織学的所見ではPTGBDチューブ刺入部の近傍に血腫と破綻した動脈壁を認めた。PTGBD留置による胆嚢仮性動脈瘤は稀であるが、PTGBD後に貧血の進行や血性排液を認めれば本疾患を考慮すべきである。
潜在性に通常型胆嚢癌を合併したintracholecystic papillary neoplasmの1例
尼崎中央病院外科
木原 直貴 他
85歳の女性。入院時肝障害を指摘。腹部USで胆嚢体部から底部にかけて著明な壁肥厚とRokitansky-Aschoff sinus(RAS)のびまん性増生を認め、底部に15mm大の細い茎をもったポリープを認めた。腹部造影CTでは、壁肥厚部に斑状の淡い染まりを認めたが、肝浸潤像はなかった。胆嚢癌の併存も否定できないため、No12cのリンパ節切除と腹腔鏡下胆嚢全層切除を施行した。病理組織診断は、体部粘膜は広範囲に不整な肥厚を伴っており、粘膜から一部漿膜下へ浸潤する腺癌を認め、tub1,pT2,pN0,pEM0,pCM0,stageⅡと診断した。隆起病変は、ICPNと診断したが、両者の病変に連続性はなかった。隆起性病変部の粘液形質は、muc1/muc5AC/muc6陽性、muc2陰性で胃型+胆膵型混在のICPNと診断したが、癌部の粘液形質パターンとは異なった。Ki 67とp53は、ICPNより癌部で高発現していた。
ICG蛍光法を用いて残胃を温存した幽門側胃切除後膵癌の2例
岡山赤十字病院消化器外科
三原 大樹 他
幽門側胃切除後の膵癌に対して膵体尾部切除を要する場合,残胃虚血への懸念から胃全摘を施行すると術後補助化学療法の忍容性を下げ,膵癌治療の妨げとなる.術中indocyanine green(以下,ICGと略記)蛍光法を用いて安全に残胃を温存し,術後補助化学療法を導入した2例について症例と治療成績を報告する.症例1は76歳の男性で,胃癌に対する幽門側胃切除後の膵尾部癌に対して膵体尾部切除を行った.術中ICG蛍光法を用いて残胃を温存し,術後にS-1を内服した.術後17か月で再発を認め,現在もS-1投与を継続している.症例2は64歳の男性で,胃潰瘍に対する幽門側胃切除後の膵体部癌に対して膵体尾部切除を行った.術中ICG蛍光法を用いて残胃を温存し,術後にS-1の内服を開始した.術後11か月で再発を認め,レジメンを変更して化学療法を継続中である.術中ICG蛍光法は,安全で確実な残胃温存と術後補助化学療法の忍容性維持に有用であった.
鼠径管内に進展した後腹膜脱分化型脂肪肉腫の1例
国立病院機構大阪南医療センター外科
大津 周 他
症例は71歳男性.左下肢の痺れの精査で腰椎MRIを施行した際,腰椎椎間板ヘルニアとともに左腸腰筋前面に腫瘤を認めた.腹部造影CTでは,不均一に造影される長径11cm大の境界明瞭な腫瘤を認め,腫瘍辺縁を精巣動静脈が走行していた.鑑別として,神経鞘腫やGIST,脂肪肉腫などが考えられた.診断的治療目的に手術となり,下腹部正中切開で後腹膜腔から鼠径管内に進展する腫瘍を摘出した.病理組織学的診断では,脱分化型脂肪肉腫であった.術後は合併症なく経過して,術後9日目に退院となった.しかし,術後5ヶ月に局所再発を認め,腫瘍摘出術と左精巣摘除術を行った.遺伝子パネル検査を施行したところ,MDM2遺伝子とCDK4遺伝子の増幅を認めた.
後腹膜脂肪肉腫が鼠径管内に進展した症例の報告は少ない.腫瘍が鼠径管内に進展する場合には,精巣摘除術を含めた広範切除術と遺伝子パネル検査による薬物療法の検索を考慮すべきである.
卵巣腫瘤をヘルニア内容物とした鼠径ヘルニア嵌頓の1例
横浜市立大学附属市民総合医療センター外科
松下 直彦 他
症例は44歳の女性で,右鼠径部の膨隆と疼痛を主訴に前医を受診した.鼠径ヘルニア嵌頓の疑いで当院紹介となった.右鼠径部に5×3cm大の膨隆を認め,用手還納不可能であった.造影CTで右付属器に10cm大の嚢胞性腫瘤を認め,病変の一部が右鼠径部に脱出していた.腹部所見に乏しくヘルニア内容物の虚血の可能性が低い上に,併存の特発性血小板減少性紫斑病による血小板数も26×103/μLであったため,緊急手術を回避した.入院後に免疫グロブリンを5日間投与した後,準緊急手術の方針とした.入院後6日目に腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術(TAPP)+右付属器摘出術を施行した.卵巣腫瘤を損傷しないよう癒着を剥離して,腫瘤を腹腔内に戻し,ヘルニア修復を行った.摘出した右卵巣腫瘤は嚢胞性腫瘤で,病理学的には子宮内膜症性嚢胞であった.子宮内膜症性卵巣腫瘤をヘルニア内容物とした極めて稀な鼠径ヘルニア嵌頓症例を経験したため文献的考察を含め報告する.