日本臨床外科学会雑誌 第86巻11号 和文抄録

綜説

治癒・長期生存の可能性をもたらす胃癌化学療法の進歩

東京大学医科学研究所附属病院腫瘍・総合内科

朴 成和

 胃癌に対する化学療法は,切除可能例に対するS-1による術後補助化学療法および切除不能・再発例に対する一次治療としてのS-1+シスプラチン併用が確立されて以降,HER2陽性例に限定したトラスツズマブ,二次治療でのラムシルマブ以外に大きな進歩はなかったが,近年めざましい進歩がもたらされた.術後補助化学療法では,2剤併用による治癒率の向上や術前補助化学療法を追加することによる有用性が示され,分子標的薬が含まれていなかった周術期補助化学療法にも免疫チェックポイント阻害薬が導入されつつある.また,免疫チェックポイント阻害薬の登場により,切除不能・再発例における化学療法の治療成績が向上し,5年生存率が議論できるようになった.さらには,化学療法が著効を示した後にconversion切除を行う治療戦略も検討されている.バイオマーカーによる治療薬の選択だけでなく,長期生存を期待した治療戦略の確立が重要であると思われる.

症例

有鈎義歯誤飲による大動脈損傷の1例

自治医科大学附属さいたま医療センター一般・消化器外科

川島 由莉 他

 症例は78歳,女性.食事摂取時に有鈎義歯を誤飲し,救急搬送となった.食道壁に嵌入しており,内視鏡的摘出を試みたが困難であったため,緊急で右開胸食道異物摘出術,胃瘻造設術を行った.術中や術直後の経過に問題はなかったが,ICUに帰室して20分後にショック状態になった.造影CTでは出血源は同定できなかったが,右胸腔内に多量の血腫があり,再開胸止血術を行った.食道内腔から多量の出血を認め,術前CTで大動脈弓部に有鈎義歯の一部が接している所見があり,同部位の損傷による出血と考えた.心臓血管外科の協力のもと,食道抜去後に大動脈の出血点を圧迫止血した.食道瘻を造設し,手術終了とした.術後ショック状態から脱し,リハビリ目的に術後22日目に療養病院へ転院とした.食道異物で手術を要する症例はしばしば経験するが,大動脈損傷をきたす症例は稀であり,文献的考察を含め報告する.

乳房再建術後にがん治療関連心不全を発症したHER2陽性乳癌の1例

昭和大学江東豊洲病院乳腺外科

足立 光希 他

 症例は49歳,女性.左乳癌(HER2タイプ)cT2N0M0 cStageⅡAに対して,患者の希望で手術を先行し,左乳房全切除・センチネルリンパ節生検→腋窩郭清・組織拡張器挿入術を行った.術後補助薬物療法(EC 療法4コース,ドセタキセル・ペルツズマブ・トラスツズマブ4コース)を施行後,全身麻酔下でインプラントによる乳房再建術を行った.術後7日目に安静時呼吸困難が出現し,胸部X線で心拡大と胸水貯留,BNP上昇,左室駆出率低下(ベースライン66%→28%)を認め,がん治療関連心不全と診断された.心不全の治療開始後6カ月以上経過しても左室駆出率が50%以上に回復しなかったため,当初予定していたペルツズマブ・トラスツズマブの残りの投与を中止した.がん治療に伴う致命的な心血管合併症を回避し,必要ながん治療を継続するためには,がん治療関連心機能障害の予防・早期発見・早期治療に努めることが重要である.

腹腔鏡下手術を行った血管破格を伴う完全内臓逆位の胃癌の1例

兵庫医科大学上部消化管外科

晃野 秀梧 他

 内臓逆位症は胸腹部臓器の一部または全部が左右逆転した先天的異常であり,血管破格や合併奇形を伴いやすい.本症自体には病的意義はないものの,複雑な解剖学的特徴を有しているため外科治療,特に鏡視下手術は難易度が高くなる.執刀医の立ち位置が反転するのみでなく,鉗子の挿入方向や利き腕による鉗子操作にも考慮する必要がある.今回われわれは,血管破格を伴う完全内臓逆位症の胃癌症例に対し,腹腔鏡下幽門側胃切除術を安全かつ円滑に施行した1例を経験した.術前には3D-CTによる血管走行を把握し,またシェーマおよび左右反転動画による手術操作の認識を共有した.術中には左右反転モニター設置によるリアルタイムでの手技の確認を行った.様々な工夫点が活き,良好な経過を得た症例の経験をしたので報告する.

腹腔鏡下手術を行ったサイトメガロウイルス腸炎を伴う結腸穿孔の1例

名古屋掖済会病院外科

中原 裕基 他

 症例は68歳の男性.1カ月前にIgG4関連後腹膜線維症の診断でプレドニゾロン50mg/日の内服を開始した.1週間前からの腹痛が増悪し,消化管穿孔による汎発性腹膜炎の診断で緊急手術を施行した.審査腹腔鏡を行い,腹腔内全体に広がる膿性腹水と横行結腸に穿孔を認めた.腹腔鏡下結腸右半切除術を行い,人工肛門を造設した.切除標本で多発潰瘍を認め,1つの潰瘍が穿孔していた.免疫染色によりサイトメガロウイルス(cytomegalovirus;以下,CMV)腸炎と診断し,結腸穿孔への関与が疑われた.術後に抗ウイルス薬の投与を行い,経過は良好であった.CMV腸炎が結腸穿孔をきたす例は稀であり,穿孔との因果関係については慎重な判断が求められる一方で,免疫抑制状態の患者においてCMV腸炎は念頭に置くべき疾患である.また,全身状態が安定している患者では,大腸穿孔に対しても腹腔鏡下手術が選択肢となり得ると考えられた.

胆道拡張症術後遺残物によって生じた肝内結石症の1例

東北医科薬科大学肝胆膵外科

桜井 博仁 他

 症例は33歳のダウン症候群の男性である.幼少期に十二指腸狭窄に対して膜様物切除術,先天性胆道拡張症に対し胆管切除・胆道再建術を施行している.成人になってから,胆管炎を繰り返し発症していた.腹痛と嘔吐を主訴に受診し,画像検査にて胆管空腸吻合部近傍から左肝内胆管に複数の結石を認め,胆管炎の原因と考えられた.ダブルバルーン内視鏡による治療を試みたが胆管空腸吻合部への到達が不能で,手術の方針となった.肝内結石は左肝内胆管と右肝内胆管の一部に認め,過去の胆道再建の吻合部を温存した左肝切除術を施行した.術中胆道鏡検査にて右肝内胆管に遺残結石とひも状の構造物を認め,それらを除去した.構造物は以前の手術時の遺残物で,肝内結石の原因と考えられた.30年以上前に行った胆道拡張症手術での遺残物が原因で肝内結石を生じたという報告は,われわれが検索する限り認めず,極めて稀な症例と考えられた.

トシリズマブ投与中に発症し早期手術が有効であった壊疽性胆嚢炎の1例

長崎大学大学院外科学講座移植・消化器外科学分野

小川 伸一郎 他

 トシリズマブはヒト化抗IL-6受容体モノクローナル抗体であり,IL-6受容体への結合阻害により免疫・炎症反応抑制効果をもたらす.今回,トシリズマブ投与中に発症した壊疽性胆嚢炎の1例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.患者は64歳,男性.TAFRO症候群で当院リウマチ・膠原病内科に通院中.定期外来時に右季肋部痛を訴え,画像精査にて急性胆嚢炎の診断となり当科に紹介.初診時,バイタルサインに異常は認めず,血液検査での炎症反応は正常範囲内であった.腹部単純CTで胆嚢腫大と壁肥厚を認めた.急性胆嚢炎の診断として,同日緊急腹腔鏡下胆嚢摘出術を施行した.術中所見では胆嚢壁は壊疽性変化をきたしており,病理所見でも壊疽性胆嚢炎の診断であった.トシリズマブ投与中は炎症所見がマスクされていることを念頭に,早期の治療介入を行うべきと考えられた.

Candida albicansによる術後腹腔内真菌性肉芽腫の1例

古賀総合病院外科

松本 貴恵 他

 症例は74歳,女性.糖尿病で治療中,膵体部癌の疑いで膵体尾部切除術を実施した.術後の膵液漏はなく,術後4日目にドレーンを抜去した.術後6日目に硬膜外カテーテル細菌感染を併発し,抗菌薬投与で軽快した.術後44日目にドレーン孔より排膿がみられ培養でCandida albicansを検出,β-D-グルカン値も上昇した.ドレーンを再挿入して抗真菌薬を投与し,外来にて治療を継続したが微熱は続きβ-D-グルカン高値も持続した.胃背側の液体貯留部は左側腹部まで拡大して圧痛を伴う硬い腫瘤として触知するようになったため,真菌性肉芽腫と診断し,術後153日目に肉芽腫摘出術を実施した.摘出標本の病理では,膿瘍を伴う脂肪壊死と炎症性肉芽腫を認め,真菌の菌糸と芽胞が確認された.術後経過良好にて2週間で退院.β-D-グルカン値も正常化して,その後カンジダ症の再発は認めなかった.肉芽腫を形成する腹腔内カンジダ症では,抗真菌薬に加えて肉芽腫の切除が治療に有効と考えられた.

術後早期に再発し腹腔鏡下修復術を行った続発性会陰ヘルニアの1例

山口大学大学院医学研究科器官病態外科学講座

上田 航平 他

 直腸切断術後の続発性会陰ヘルニアは比較的稀な疾患で,手術による修復が標準治療だが,術式には様々な報告がある.症例は61歳,男性.進行下部直腸癌に対して術前放射線化学療法を行った後,腹腔鏡下腹会陰式直腸切断術を行った.術後半年頃から立位での会陰部の膨隆を自覚し,CTの結果,続発性会陰ヘルニアと診断した.会陰ヘルニアに対しメッシュを用いた腹腔鏡下ヘルニア修復術を行った.術後経過は良好で術後6日目に退院となったが,術後18日目に再度会陰部の膨隆と下腹部痛を自覚し,会陰ヘルニアの再発と診断した.前回手術で使用したメッシュと骨盤壁の固定が外れており,小腸の脱出を認めていた.さらに大きいサイズのメッシュを用いて縫合およびタッカーを使用し固定した.経過良好で術後9日目に退院となり,以降2年5カ月再発は認めていない.今回われわれは,比較的稀な会陰ヘルニアの1例について経験したため,若干の文献的考察を加えて報告する.

後腹膜リンパ節転移として発見されたburned-out testicular tumorの1例

高知医療センター消化器外科・一般外科

常光 良介 他

 症例は60歳,男性.腹痛を主訴に受診.腹部CTで後腹膜に下大静脈を圧排する嚢胞性腫瘤を認めた.嚢胞の被膜は肥厚し,造影効果を認めた.嚢胞性リンパ管腫や嚢胞変性した平滑筋肉腫を疑い,腫瘍摘出を行った.病理組織像では,淡明な細胞質を有した異型細胞が増殖し,辺縁にはリンパ球の集簇像がみられ,セミノーマの後腹膜リンパ節転移と診断された.精巣を精査したが明らかな腫瘤は認めず,PET-CTでも集積はなく,burned-out testicular tumorと考えられた.性腺外に胚細胞腫瘍を認めるにもかかわらず,精巣には瘢痕組織しか認められないことがあり,burned-out testicular tumorとして知られている.臨床的に原発巣が見逃され,術後に診断がつくことも多い.稀なburned-out testicular tumorの1例を経験したため,文献的考察を踏まえて報告する.

腹直筋鞘前葉反転法で修復した腹壁瘢痕ヘルニアの3例

JCHO 中京病院外科

篠原 涼 他

 腹直筋鞘前葉反転法(以下,反転法)は,腹直筋鞘前葉を用いた自己組織による腹壁再建法の一つである.腹壁瘢痕ヘルニアの3例に対して反転法を行い,良好な結果を得たので報告する.症例1は69歳,男性.腹腔鏡下腹会陰式直腸切断術後4年で腹壁瘢痕ヘルニアを発症し,preperitoneal mesh repair で修復した.術後20日目でメッシュ感染を発症し,メッシュ除去+膿瘍ドレナージ術+反転法を施行した.症例2は77歳,女性.帝王切開後の腹壁瘢痕ヘルニアの大網嵌頓を発症し,intra peritoneal onlay meshで修復した.術後9年でメッシュ感染を発症し,メッシュ除去+小腸切除術+反転法を施行した.症例3は78歳,男性.腹部外傷により3度の開腹手術後に腹壁瘢痕ヘルニアを発症,術後25年無症状だったが,S状結腸癌に対して開腹高位前方切除術+小腸部分切除術の際に閉腹困難のため反転法を施行した.人工材料を使用しないことから,腹壁欠損部の大きい感染ハイリスク症例に対する有効な再建法と考察された.

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