日本臨床外科学会雑誌 第86巻10号 和文抄録

原著

地域における総合外科医の必要性と役割─大分県多施設共同アンケート調査─

大分大学医学部総合外科・地域連携学講座

平塚 孝宏 他

 緒言:医師偏在や外科医の高齢化・減少が地域外科医の負担を増加させている.地域医療を支えるには,地域のニーズに応じた外科医の配置が必要である.本研究の目的は,幅広い医療フェーズに対応可能な総合外科医の地域医療におけるニーズと役割を明らかにすることである.対象と方法:2024年6月-8月,大分県内の医療機関の通院患者81名と外科医34名を対象に,総合外科医のニーズ・役割に関するアンケート調査を実施した.結果:“地域で求められる外科医”は総合外科医が専門医より多く,総合外科医に求めることは良性・緊急疾患手術,術前・術後の総合管理であった.一方,“治療してもらいたい外科医”は専門医が多かった.地域では良性疾患手術に地域病院を希望する患者が多かった.結語:地域医療では専門医による高度な手術,総合外科医による良性疾患や緊急手術,周術期の総合的な管理が求められており,総合外科医の育成システムと適正配置とが重要である.

臨床経験

乳癌患者における上腕ポートの有用性と合併症

がん・感染症センター都立駒込病院外科(乳腺)

岩本 奈織子 他

 上腕ポートは,内頸や鎖骨下静脈などを穿刺するCVポートと比較して致死的な合併症の報告が少ないものの,普及は進んでいない.
 今回,われわれは乳癌患者における上腕ポートの安全性について検討した.2014年1月から2024年6月に当科で上腕ポート造設術を施行した乳癌症例107例108件を対象とした.そのうち,同時両側乳癌は7例であった.ポート造設術は,全例手術室で超音波検査と透視検査を併用し行った.患者の年齢中央値は53歳,6割が周術期化学療法投与目的であった.上腕ポート造設後の観察期間中央値は16.6カ月.感染6例(5.4%),閉塞3例,露出2例,血栓・カテーテル破損・ポート反転を各1例ずつ認めた.上腕浮腫は2例(1.8%)に認めたが,いずれも軽快した.
 上腕ポートは重大な合併症がなくかつ上腕浮腫の頻度も低かった.乳癌症例においても,上腕ポートは有用なデバイスと考えられた.

症例

トラスツズマブ デルクステカンが奏効したHER2 low乳癌癌性髄膜炎の1例

栃木県立がんセンター乳腺外科

竹前 大 他

 症例は76歳,女性.ホルモン受容体陽性,HER2低発現(Score 1)の左乳癌の術後6カ月で脱力および食思不振を主訴に入院となり,頭部造影MRIで癌性髄膜炎と診断された.Trasutsuzumab-deruxtecan(T-DXd)を2コース施行したところ画像上癌性髄膜炎は消失し,症状も改善した.近年,HER2陽性乳癌における癌性髄膜炎をはじめとした活動性中枢神経系転移のT-DXdのエビデンスは次々と誕生しているが,HER2低発現における同様のエビデンスはまだ乏しい.われわれは,HER2低発現,しかも予後不良とされる癌性髄膜炎に対して放射線療法を行わずにtrasutsuzumab-deruxtecanが単独で奏効した1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

双胎妊娠後期に手術を行った自然気胸の1例

国立病院機構岡山医療センター呼吸器外科

杉原 太一 他

 症例は38歳,女性.双胎妊婦であり経腟分娩を予定していた.妊娠33週に右胸部痛を主訴に当院の救急外来を受診した.胸部X線で高度の右気胸と診断され,胸腔ドレナージ後に入院となった.入院後も空気漏れが続いたため手術が必要と考えられた.妊娠36週まで保存的加療を継続し,帝王切開での分娩を先行させた後に気胸手術を行うことを提案したが,患者は胸腔ドレーン留置による疼痛・精神的ストレスが強く,早期の気胸手術を希望した.入院7日目(妊娠34週)に全身麻酔下で胸腔鏡下手術を施行した.手術は右肺中葉の薄壁ブラを縫縮し終了した.妊娠による分離肺換気への影響が懸念されたが,麻酔管理に問題はなかった.術後7日目に一旦自宅退院し,妊娠36週で問題なく経腟分娩を終えた.妊娠中の気胸は稀であり,特に本症例のような双胎妊婦への手術例は報告が少なく,貴重な症例であるため報告する.

多発性内分泌腫瘍症1型に合併した胸腺異型カルチノイドの1例

高知大学外科学講座呼吸器外科

文野 裕二郎 他

 症例は70歳,男性.咳嗽と喀痰を主訴に近医を受診した.近医で撮影したCTで前縦隔腫瘍を指摘され,当施設に紹介となった.胸腺上皮性腫瘍が疑われ,周辺に縦隔リンパ節の腫大も認めた.剣状突起下,両側胸腔鏡,頸部アプローチで胸腺摘出術を施行した.病理診断は胸腺異型カルチノイドで,縦隔リンパ節転移と被膜を越え縦隔脂肪織内への浸潤を伴っていた.術後放射線治療を施行したが,術後3年で肺転移と胸膜播種を認めた.その後,がん遺伝子パネル検査でMEN1遺伝子変異を認めた.エベロリムスを使用したが奏効せず,現在も全身化学療法を行っている.胸腺カルチノイドは比較的稀ではあるが,予後不良な疾患である.MEN1を20~25%に合併するとされており,MEN1に関連する疾患を発見した際にはMEN1を念頭に置き,胸腺カルチノイドの早期発見が重要である.

肺癌術後胸膜播種再発と鑑別を要した胸壁デスモイド腫瘍の1例

関東労災病院呼吸器外科

五来 厚生 他

 症例は60歳,男性.右肺上葉肺癌に対して,当科で胸腔鏡下右肺上葉切除術を施行した.術後病理検査で肺腺癌p-T2aN0M0 stageⅠBの診断となった.術後8カ月目の精査で右胸膜腫瘍と縦隔リンパ節腫大を指摘された.右胸膜播種・縦隔リンパ節再発の診断で,ペムブロリズマブで治療を開始した.治療開始後に縦隔リンパ節転移の増大は認めなかった.一方で,胸膜腫瘍の著明な増大を認めた.胸膜腫瘍に対してCTガイド下生検を施行したが確定診断に至らなかったため,診断も兼ね手術の方針とした.開胸下に腫瘍摘出と第6肋骨の合併切除を施行した.術後病理検査でデスモイド腫瘍の診断となった.今回肺癌術後の同時期に,縦隔リンパ節再発とデスモイド腫瘍を合併し,胸膜播種再発と鑑別を要した稀な症例を経験したので報告する.

腹腔鏡下十二指腸空腸吻合を行った上腸間膜動脈症候群の1例

津島市民病院外科

大原 規彰 他

 症例は77歳,男性.上腸間膜動脈症候群の再発を繰り返しており,また患者本人の強い希望もあり,腹腔鏡下十二指腸空腸吻合術を施行した.Treitz靱帯から約30cmの空腸と十二指腸水平脚を逆蠕動方向に自動縫合器で側側吻合を行い,挿入孔を腹腔内で縫合閉鎖した.挿入孔閉鎖部における縫合不全を懸念し,臍部ポート創より直視下にLembert縫合を追加した.しかし,術後吻合部狭窄を認め,再手術を施行することとなった.上腸間膜動脈症候群に対する腹腔鏡下十二指腸空腸吻合術は手技が簡便と考えられているが,吻合部狭窄予防の点において,さらに工夫が必要である.

先進部に腫瘍性病変を認めない胃十二指腸重積の1例

馬場記念病院外科

松岡 浩平 他

 症例は92歳,男性.脳梗塞後遺症で施設入所中に腹痛を自覚し,当院に救急搬送となった.腹部CTで門脈ガス像を認めたため緊急入院となった.入院3日後の腹部CTで門脈ガス像は消失したが,偶発的に胃十二指腸重積の所見を認めた.上部消化管内視鏡検査では胃前庭部が十二指腸に重積しており,先進部の粘膜はやや黒色調であったため緊急手術の方針となった.開腹で手術を行い胃前庭部の十二指腸への嵌入を認め,Kocher授動後Hutchinson手技にて整復しえた.胃前壁に小切開を置き重積先進部を確認したが,胃粘膜に鶏卵大の隆起を認めるのみであった.再発のリスクが高いと考え,胃部分切除術を施行した.術中より循環動態は安定せず,術後2日目に死亡退院となった.病理組織学的所見では重積先進部は粘膜下層の浮腫のみであった.今回われわれは,先進部に腫瘍性病変を認めない胃十二指腸重積の1例を経験したので報告する.

術前に診断し腹腔鏡補助下に切除した臍腸管遺残の1例

古賀総合病院外科

三瓶 康喜 他

 症例は12歳,男児.過去に原因不明の腹痛で入院歴がある.1週間前より下腹部痛が出現し,増悪したため救急外来を受診した.右下腹部に圧痛があり,絶食・補液で一旦症状は軽快したが,腹痛が再燃.腹部CTで右下腹部から臍へ連続する嚢胞性病変を認め,近傍の腸間膜の捻転もみられた.臍腸管遺残(臍腸管嚢腫)に伴う小腸捻転が疑われ,腹腔鏡手術の方針となった.腹腔鏡所見で術前診断の如く遺残臍腸管周囲の小腸が反時計方向に180度捻転しており,鏡視下に捻転解除,腹膜下の嚢腫剥離の後に臍部皮膚切除して小開腹し,遺残臍腸管切除術を行った.術後は合併症なく経過し,術後13日目に退院した.
 臍腸管嚢腫などMeckel憩室以外の臍腸管遺残は稀な疾患であるが,小児の右下腹部痛の鑑別診断の一つとして認識しておくことは必要で,疑われた場合には精査の後に腹腔鏡手術が有用と考えられた.

Segmental arterial mediolysisと診断された回腸動脈解離の1例

さんむ医療センター外科

三浦 良太 他

 症例は76歳の女性で,右下腹部痛を主訴に前医に救急搬送された.腹部造影CTでは特記すべき異常を認めなかったが,検査所見では炎症反応は高値であったため,抗菌薬による保存的加療が行われていた.第3病日に右下腹部痛が増悪したため,腹部造影CTを施行したところ,著明な腸管拡張像を認め腸閉塞の診断となった.精査加療目的で当院に転院となり,イレウス管による腸管減圧を行った.その後も症状の改善はなく,炎症所見も増悪したため第6病日に腹部造影CTを施行したところ,圧痛部直下の腸管に造影不良域を認めた.回腸壊死の診断で緊急手術を行ったところ,回腸末端から20cm~40cmの部位にわたり,約20cmの小腸に壊死所見を認め,腹腔鏡補助下小腸部分切除術を施行した.病理組織学的所見よりsegmental arterial mediolysis(以下,SAM)による回腸動脈解離の診断となった.SAMによる回腸動脈解離は稀であるため,若干の文献的考察を加えて報告する.

神経線維腫症1型に合併した膵転移を伴う感染性小腸GISTの1例

香川県厚生農業協同組合連合会滝宮総合病院外科

阪部 雅章 他

 症例は67歳,神経線維腫症1型の男性で,4日前より続く腹痛を主訴に近医を受診し,CTで小腸腫瘍を疑われて紹介となった.造影CTでは腫瘍内部にairがあり周囲脂肪濃度上昇も認め,Meckel憩室炎による腹腔内膿瘍が鑑別にあがった.エコーガイド下に生検を行ったが確定診断には至らず,細菌検査ではStaphylococcus speciesが検出された.Dynamic CTで膵頭部に造影効果のある結節影を認め,同様の所見を小腸壁にも認めた.膵腫瘍に対し超音波内視鏡下穿刺吸引針生検を行った結果,gastrointestinal stromal tumor(以下,GISTと略記)が疑われた.診断も兼ねて開腹手術を行い,小腸部分切除を行った.小腸壁や骨盤腹膜にも結節が多発しており,一部を診断目的に切除し,術後病理診断で小腸GISTと診断した.術後小腸GISTの膵転移・腹膜播種に対し化学療法を開始し,術後3年2カ月経過し増悪なく,化学療法を継続中である.

小腸閉塞を契機に発見された小腸原発Ewing肉腫の1例

岩手県立宮古病院外科

木村 友里花 他

 43歳,男性.腹部膨満を主訴に当院を受診.腫瘍性小腸閉塞の診断で第13病日に小腸部分切除を実施.術後,病理組織学的検査によりEwing肉腫(Ewing sarcoma,以下ES)の診断となった.術後1カ月で腹膜播種を発症,腫瘍が14×8cm程度に増大し腹部膨満が出現.化学放射線治療を推奨したが,患者希望により対症療法のみとなった.播種巣に対し緩和的放射線照射を実施したところ,腫瘍は著明に縮小し,術後6カ月経過した現在も生存,外来通院中である.本症例は,小腸閉塞を契機に発見された空腸原発ESであった.ESは小児から若年者の骨軟部組織に発症する悪性腫瘍であり,腹腔内臓器原発は稀である.本邦での報告では,medical onlineで検索した限りでは,本症例を含め13例のみであった.また本症例は,放射線照射が腹膜播種に奏効した初めての報告であり,文献的考察を加えて報告する.

盲腸癌に対する腹腔鏡手術後に発生した腹腔内デスモイド腫瘍の1例

相澤病院外科センター

宮本 佳奈 他

 症例は73歳,女性.盲腸癌に対して腹腔鏡下回盲部切除術を施行された.病理組織検査ではpStageⅠ(pT1N0M0)であり,外来経過観察中であった.術後18カ月目のCTにて右骨盤内に約20mmの腫瘤性病変を認め,PET-CTではSUVmax 4.9のFDG集積を認めた.鑑別診断として盲腸癌の再発,あるいはデスモイド腫瘍,異物肉芽腫等が考えられ短期経過観察の方針となった.術後21カ月目のCTにて腫瘤は増大傾向であり,診断・治療目的に腹腔鏡下腫瘍切除術を行うことになった.腫瘤は小腸壁近くの回腸腸間膜内に存在しており,一部小腸を合併切除した.病理組織学的所見および免疫染色検査から,デスモイド腫瘍と診断された.今回われわれは,悪性腫瘍再発との鑑別が困難であった腹腔内デスモイド腫瘍の1例を経験したため,若干の文献的考察を加えて報告する.

OTSC®で治療した低位前方切除後経肛門ドレーンによる大腸穿通の1例

北見赤十字病院外科

西津 錬 他

 症例は33歳,男性.直腸癌Ra cT1bN0M0 cStageⅠに対し,ロボット支援下低位前方切除術を行い,経肛門ドレーンを留置した.術後縫合不全を疑う所見はなく,術後第5病日に経肛門ドレーンを抜去したが,術後第7病日に炎症反応の上昇,腹部造影CTにて吻合部口側5cmの腸管の腸間膜内に遊離ガス像を認め,経肛門ドレーンの接触による大腸穿通と診断した.術後第10病日にOver-The-Scope Clip(OTSC®)Systemによる穿通部閉鎖を施行したところ奏効し,術後第13病日に食事再開,術後第16病日に退院とした.術後2年経過し,穿通の再発なく経過している.
 経肛門ドレーンによる大腸穿孔・穿通の報告例はまだ少なく,報告されたすべての症例で人工肛門造設術を施行していた.今回,われわれは経肛門ドレーンによる大腸穿通に対しOTSC®Systemが奏効した症例を経験し,有用な治療法になりうると考えられたため報告する.

神経性やせ症による極度の低体重を呈した進行上行結腸癌の1例

今村総合病院消化器外科

米盛 圭一 他

 神経性やせ症(anorexia nervosa:AN)による極度の低体重を呈した進行大腸癌の1例を経験した.症例は46歳,女性.以前よりANで当院精神科に通院中であった.ふらつきで当院を受診し,精査の結果,進行大腸癌の診断となった.栄養状態が不良であり腫瘍性閉塞に対する保存的加療を継続しながら栄養療法を試みたが難渋し,最終的に栄養状態不良のまま手術を行う方針となった.手術は腹腔鏡下右半結腸切除およびカバーリングストーマ造設を行った.周術期は腹水貯留が出現し慎重な管理を要した.術後3カ月で多発肝転移が出現し化学療法の方針となるも,ANの影響で強力なレジメンを選択できなかった.しかし,精神科医師も含めた多職種が患者に関わることで身体的精神的ケアが充実し,円滑に治療を進めることが可能であり,再発後2年3カ月生存した.

肛門外に脱出した特発性S状結腸重積の1例

和泉市立総合医療センター消化器外科

森 拓哉 他

 症例は65歳,男性.ネフローゼ症候群の診断にて治療を受けるも,数年前より未治療となっていた.排便後に腸管脱出が出現し,2日後に肛門痛増悪のため救急搬送となった.直腸脱の診断にて用手還納後,経過観察目的に入院となり,CTフォローしたところ直腸に腸重積を疑う所見を認めた.大腸内視鏡検査にて粘膜反転を疑う隆起性病変を認め,整復を試みるも完全には整復不可であった.腸壊死や腸閉塞を疑う所見はなく入院後9日目に開腹下S状結腸部分切除術,単孔式ストーマ造設術を施行した.病理所見では重積部に明らかな腫瘍性病変はなく,特発性腸重積と診断された.術後経過は良好で,現在ネフローゼ症候群に対する治療を再開している.今回われわれは,肛門外に腸管脱出をきたした特発性S状結腸重積の1例を経験したので,報告する.

第Ⅴ因子欠乏症と併存した大腸癌の2例

名古屋大学医学部消化器・腫瘍外科(消化管)

鈴木 章弘 他

 第Ⅴ因子欠乏症は周術期における出血リスクとなる稀な凝固障害であり,先天的な凝固因子遺伝子の変異に起因するものと,凝固因子に対する自己抗体により後天的に発生するものが知られている.今回,それぞれと併存した大腸癌の手術を1例ずつ経験したので報告する.
 症例1:81歳,男性.盲腸癌および先天性第Ⅴ因子欠乏症の診断で腹腔鏡下回盲部切除術を施行した.術前日,当日,翌日に新鮮凍結血漿(FFP)を8単位ずつ投与し,術後8日目にFFPを4単位投与し,同日にドレンを抜去,術後10日目に退院した.
 症例2:85歳,男性.上行結腸癌および後天性第Ⅴ因子欠乏症の診断で結腸右半切除術を施行した.手術前に凝固機能が自然軽快し,周術期の輸血は行わなかった.術後9日目にドレンを抜去,術後21日目に退院した.
 先天性第Ⅴ因子欠乏症と後天性第Ⅴ因子欠乏症は病態が異なる.それぞれに応じた周術期の治療計画が必要で,そのためには血液内科との連携が不可欠と考える.

経肛門的S状結腸脱出を伴う特発性直腸離断の1例

富山赤十字病院外科

寺﨑 健人 他

 症例は75歳,女性.以前より直腸脱を自覚していたが,症状に困らず経過観察していた.数日前からの食思不振のため来院した.経肛門的S状結腸脱出を認め,緊急手術を行った.脱出した腸管の還納は困難であり,腹腔内で口側を離断し会陰部から引き出して観察すると,肛門側はすでに離断しており,直腸離断によりS状結腸が脱出していたものと考えられた.脱出腸管を切除し,腹腔内から肛門側断端を閉鎖し,Hartmann手術を施行した.術後は合併症なく,経過良好であった.経肛門的腸管脱出を伴う直腸穿孔は稀な病態であり,多くは直腸脱の既往がある高齢女性に発症する.糞便性汚染による汎発性腹膜炎の合併は少なく,比較的予後良好と考えられる.今回われわれは,特発性直腸離断によりS状結腸脱出を認めた症例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.

胆嚢炎との鑑別を要した胆嚢捻転症の5例

岡山市総合医療センター岡山市立市民病院外科

清水 実里 他

 胆嚢捻転症は比較的稀な疾患であるが,血流途絶により急速な壊死性変化を伴うため,治療は緊急を要する.当院では2019年1月から2023年12月の間に5例の胆嚢捻転症を経験した.全例が女性で,年齢中央値は87歳(72-94歳)だった.主訴には発熱・腹痛に加え,全例に嘔気・嘔吐を伴っていた.術前画像検査は単純CTのみで,造影CTやMRCPは撮像されなかった.全例急性胆嚢炎の診断で手術を施行されていたが,1例では受診翌日に準緊急手術とされていた.術前CT画像では胆嚢頸部渦巻像・胆嚢頸部高吸収領域・胆嚢偏位・hyper dense whirl signといった特徴的所見がみられており,後方視的には画像診断が可能だった.高齢,やせ型,高熱の欠如,嘔気・嘔吐といった臨床所見から胆嚢捻転症を疑い,特徴的な画像所見を把握することで,単純CT画像からでも胆嚢炎との鑑別は可能で,治療の遅れを回避しうると考えられた.

TAPPの術中に偶発的に大網に見つかった消化管外アニサキス症の1例

大阪赤十字病院消化器外科

穐山 竣 他

 症例は特記既往のない75歳の女性で,左鼠径部膨隆を主訴に当院を受診した.立位で鶏卵大の膨隆を認め,CTで左外鼠径ヘルニアの診断となり,待機的に腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術(TAPP法)を行った.術中所見で左下腹部に大網腫瘤を認め腹壁に癒着していたが,その他腹腔内に腫瘤など病変は認めなかった.TAPP法を施行後,大網部分切除術を施行した.病理組織学検査では24mm大の赤褐色調結節で,好酸球主体の炎症細胞浸潤巣の中心部にアニサキス虫体を認めた.悪性所見は認めなかった.
 アニサキス症の多くは胃あるいは腸アニサキス症として発症するが,稀に腸管壁外まで虫体が穿通した消化管外アニサキス症をきたす.発症様式により緩和型と劇症型アニサキス症に分けられる.再感作により劇症型をきたすと考えられるため注意を要する.また,自験例の疾患頻度は低いが診断的切除が有用と考えられた.

腹腔鏡下手術を行った特発性大網捻転症の1例

島田市立総合医療センター外科

佐竹 裕一 他

 症例は45歳,女性.6日前から増悪する右側腹部痛を主訴に前医を受診した.腹部単純CTを施行し腹膜垂炎が疑われ,当院に紹介受診となった.体温は37.1度で,右側腹部に圧痛と反跳痛を認め,血液検査ではWBC:7,400/μl,CRP:9.85mg/dlであった.腹部造影CTでは,上行結腸の腹側に大網と思われる脂肪織の濃度上昇を認め,中心部に渦巻き状の高吸収域を認めた.以上から,大網捻転症と診断し,腹腔鏡下大網切除術を施行した.大網捻転症をきたす器質的疾患を認めず,特発性大網捻転症と診断した.今回,腹部CTで術前診断し腹腔鏡下手術を施行した特発性大網捻転症の1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

腹腔鏡下修復術後4日目に深腸骨回旋動脈から出血した鼠径ヘルニアの1例

社会保険田川病院外科

古賀 史記 他

 症例は84歳,男性.近医で右鼠径部膨隆を認め,当院に紹介となった.精査の結果から右鼠径ヘルニアの診断となった.抗血小板薬を内服していたが術前休薬し,transabdominal preperitoneal approach(TAPP)にてヘルニア修復術を施行した.術後4日目に右下腹部の疼痛・腫脹を認めた.造影CTで右後腹膜から左右鼠径部の腹膜前腔にかけて広範囲に血腫形成および右上前腸骨棘内側に造影剤の漏出を認め,術後出血の診断で緊急止血術を行った.術中所見から深腸骨回旋動脈損傷からの動脈性出血と診断し,血腫除去および止血術を行った.術後は大腿外側の感覚障害を認めるも日常生活に支障はなく,再手術後11日目に退院した.TAPPの術後出血で止血術を要する症例は比較的稀である.本症例では腸管と腹膜の癒着の影響から初回手術時に外側の腹膜前腔の剥離層が腹壁側になったことが原因と考えられた.鼠径部の解剖を理解し剥離層に注意することがTAPPの術後出血予防において重要である.

ページトップ