日本臨床外科学会雑誌 第86巻12号 和文抄録

症例

術後化学療法後に治療関連骨髄腫瘍を発症したBRCA遺伝子変異陽性乳癌の1例

JA愛知厚生連安城更生病院外科

長野 菜月 他

 症例は40歳,女性.右乳癌cT2N0M0に対し乳房全切除+腋窩リンパ節郭清を行った.病理組織学的検査では浸潤性乳管癌pT1cN1M0,triple negative(TN)typeと診断された.術後療法としてFEC100療法(fluolouracil,epirubicin,cyclophosphamide)とdocetaxelをそれぞれ4サイクル投与した.
 術後7年目の定期検査で白血球1,600/μL,好中球250/μLと著明な減少があり,治療関連急性骨髄性白血病と診断された.また,左乳腺に腫瘤を認め浸潤性乳管癌,TNと診断された.BRCA遺伝子検査ではBRCA1に変異を認めた.2022年12月より寛解導入療法と臍帯血移植を行い寛解した.
 治療関連骨髄腫瘍は抗癌剤や放射線治療後にしばしば起こりうる晩期合併症であり,近年,遺伝性素因も発症リスクであると考えられている.初期治療に抗癌剤を投与された患者やBRCA遺伝子変異を有する患者は,治療関連骨髄腫瘍を発症する可能性があることを念頭に置き注意深く観察する必要があると思われた.

腹腔鏡下手術を行ったMorgagni-Larrey孔ヘルニアの2例

一宮市立市民病院外科

伊藤 将一朗 他

 Morgagni-Larrey孔ヘルニアは胸肋三角部に発生するヘルニアで,稀な疾患である.症例1は71歳,女性.検診で胸部異常陰影を指摘され,CTで横行結腸が右胸腔へ脱出していた.症例2は82歳,女性.胸部打撲後に食後の嘔吐が出現し,CTで横行結腸と胃幽門部が右胸腔へ脱出していた.いずれの症例も肝鎌状間膜左側から脱出しており,Larrey孔ヘルニアと診断し手術を施行した.腹腔鏡下にヘルニア門を縫縮後,ENDOUNIVERSALTM 65° Hernia StaplerとSymbotexTM composite meshを用いて修復し,ヘルニア嚢は切除せず温存した.術後合併症,再発は認めなかった.本術式は簡便であり低侵襲に行えることから有用であると考えられた.これまでの報告を踏まえて,その妥当性について検討を行った.

左胸腹連続斜切開で切除した左胸腔内に発育する食道胃接合部GISTの1例

静岡県立静岡がんセンター食道外科

木部 栞奈 他

 症例は82歳,女性.嚥下時の違和感を主訴に前医を受診した.上部消化管内視鏡にて食道胃接合部に粘膜下腫瘍を認め,生検でCD34(+),c-kit(+)でありGISTと診断した.腫瘍は最大径85mmであり,内視鏡外科手術では視野確保が困難であることと高齢であることから直視下での安全で確実な吻合を優先し,左胸腹連続斜切開での下部食道切除+噴門側胃切除+ダブルトラクト再建+空腸瘻造設の方針とした.術中所見では食道裂孔から左胸腔内に発育する腫瘍を良好な視野で確認でき,治癒切除となった.開胸操作に伴う周術期合併症の発生はなく退院し,術後3年間のイマチニブによる術後補助化学療法を行い,現在無再発経過観察中である.内視鏡外科手術の進歩により左開胸開腹の適応は限定的だが,腫瘍径や浸潤により経裂孔アプローチが困難で縦隔のリンパ節郭清が不要な症例などにおいては良い適応であり,高齢患者にも比較的安全に行えると考える.

32歳女性の回腸に発生した後天性腸管神経節細胞僅少症の1例

名古屋大学医学部消化器・腫瘍外科(消化管)

鈴木 章弘 他

 腸管神経節細胞僅少症(hypoganglionosis:以下HGと略記)はHirschsprung病類縁疾患の1病型である.新生児期から先天的に発症するものがほとんどで,成人での報告例は少なく,また小腸での発生は極めて稀である.今回,成人の回腸に後天的に生じた1例を経験したので報告する.32歳,女性.3年前から小腸閉塞を繰り返しており,保存治療で改善していた.CTで小腸拡張を認め,骨盤内小腸の閉塞を疑った.小腸内視鏡検査・注腸造影検査では器質的な病変や狭窄は認めなかった.手術歴はないが,癒着性腸閉塞を疑い手術の方針とした.腹腔鏡下観察では腸管癒着は認めなかった.小開腹し全小腸を検索したところ,回腸に攣縮様の狭窄を認めたため,同部位を含め回盲部切除術を施行した.術後腹腔内膿瘍を認め,術後第7日目にCTガイド下ドレナージを行い改善した.術後第23日目に退院した.固有筋層間の神経節細胞の減少を認め,HGと診断した.術後は症状の再燃を認めていない.

セベラマー結晶を誘因とした透析患者の小腸穿孔の1例

浜松医療センター消化器外科

河西 怜 他

 症例は76歳,男性.週3回の血液透析を施行中,高リン血症に対してセベラマー塩酸塩を内服していた.腹痛を主訴に近医を受診し,腹部CTで腹水と遊離ガス像を認め,当院へ紹介された.消化管穿孔,急性汎発性腹膜炎の診断で緊急手術を行った.術中所見では混濁した腹水と,回盲部から約40cm口側にループ状に癒着した小腸を認め,癒着内部の穿孔を疑い小腸部分切除術を施行した.病理組織学的診断では小腸の腸間膜側で穿孔していた.穿孔部周囲に異物反応や魚鱗状の結晶を認め,セベラマー結晶による組織傷害が小腸穿孔の発生に関与したと考えられた.セベラマー塩酸塩は血液透析患者の高リン血症の治療薬として使用されるカルシウム非含有リン吸着剤である.不溶性ポリマーのため腸管内で水分を吸収して便秘を引き起こし,比較的稀であるものの腸管穿孔を生じる場合があり,注意が必要である.

腰背部皮下膿瘍の自然穿破で発症した虫垂炎の1例

関東中央病院外科

小林 朋近 他

 症例は70歳,男性.6年前に当院で後腹膜膿瘍に対する保存的治療歴がある.左鼠径ヘルニアの加療目的で受診した際に,右腰背部皮下からの排膿を認めた.造影CTで右腰背部の皮下まで拡がる右後腹膜膿瘍と診断した.虫垂の先端が不明瞭で膿瘍腔と接していたことから虫垂炎に起因する膿瘍形成の可能性が高いと考えたが,腹痛や発熱等の症状はなく,炎症反応の上昇も軽度であったため,皮下膿瘍を切開排膿し抗菌薬投与を行い排膿は改善した.虫垂炎の治療に先行して腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術を行い,約3カ月後に待機的に腹腔鏡下虫垂切除術を施行した.術中所見では,盲腸背側外側に後腹膜に固着する萎縮した虫垂を認めた.術後3年を経過したが後腹膜膿瘍の再燃は認めていない.虫垂炎に起因する後腹膜膿瘍症例は散見されるが,皮下膿瘍の体外への自然穿破を契機に診断されたとする本邦報告例はない.希少な症例と考えられるので,文献的考察を加え報告する.

術後に異時性肝転移と骨転移をきたした上行結腸間膜平滑筋肉腫の1例

公立松任石川中央病院外科

山口 紫 他

 症例は69歳,女性.健診にて右下腹部に腫瘤を指摘されたため,当院を受診した.腹部造影CTにて,上行結腸間膜に境界明瞭かつ不均一な造影効果を伴う10cm大の腫瘤を認め,回盲部切除術を施行した.病理組織学的検査では,紡錘形の平滑筋様細胞が束状に増殖しており,免疫染色ではα-SMA・desmin・caldesmonが陽性,CD34およびc-kitは陰性であった.以上から,上行結腸間膜原発の平滑筋肉腫と診断された.MIB-1標識率は23.3%であった.術後60カ月で肝転移,術後70カ月で胸椎転移を認め,いずれも切除した.現在,術後74カ月を経過するが,新たな再発を認めていない.腸間膜原発の平滑筋肉腫は極めて稀であり,再発例の報告も限られている.本疾患に対しては,化学療法や放射線療法の有効性が確立されていないことから,再発の早期発見と外科的介入が予後改善に重要であると考えられた.

腹腔鏡下に切除した鼠径部メッシュ感染を伴う難治性結腸皮膚瘻の1例

福岡県済生会二日市病院外科

古賀 渚子 他

 鼠径ヘルニア修復術後のメッシュによる腸管穿孔はしばしば報告されているが,メッシュ除去術を腹腔鏡手術で実施した報告は少なく,その中でもメッシュ感染を伴う症例での報告はほとんどない.
 今回,S状結腸憩室穿孔後,メッシュ感染による難治性結腸皮膚瘻に対し腹腔鏡手術が有用であった1例を経験したため報告する.
 症例は78歳,男性.発熱,左下腹部の有痛性腫瘤を自覚し当院を受診した.S状結腸憩室穿孔による腹腔内膿瘍・腹壁膿瘍の診断にて,膿瘍ドレナージおよび回腸人工肛門造設術を施行した.炎症の改善を認めたが,ドレーンからの排液が持続した.7年前に左鼠径ヘルニアに対する前方到達法(direct Kugel法)によるヘルニア修復術の施行歴があり,メッシュ感染が難治性膿瘍の原因と考え,腹腔鏡下S状結腸切除術,メッシュ除去術,膿瘍掻爬術,および瘻孔摘除術を施行した.腹腔鏡手術でメッシュとともにS状結腸,瘻孔を含め完全に剥離が可能であった.

手術と薬物治療で治癒した肝門部リンパ節転移を伴うS状結腸癌肝転移の1例

中濃厚生病院外科

武藤 俊博 他

 症例は初診時43歳,女性.排便時の左下腹部痛の精査にて,S状結腸進行癌,同時性肝S6および肝門部リンパ節転移が診断された.まず,腹腔鏡下S状結腸切除を施行した.術後CapeOX+ベバシズマブを4コース施行したところ,肝S6転移,肝門部リンパ節転移は著明に縮小した.その後,肝S6部分切除,肝十二指腸間膜リンパ節郭清を施行した.病理検査にて肝転移,肝門部リンパ節転移ともに治癒切除であった.両者とも線維化組織の中に散在性に異型腺管が認められ,治療効果はgrade 2であった.術後CapeOX+ベバシズマブを4コース施行した.肝転移切除から7年の時点で,画像検査で無再発であることを確認しフォロー終了となった.予後不良とされてきた肝門部リンパ節転移を伴う大腸癌肝転移の切除例の報告は散見されるが,長期無再発の報告は稀である.薬物治療と外科的切除のコンビネーションで治癒する症例が存在することが示された.

ダメージコントロール手術により救命できた胸骨圧迫による肝損傷の1例

日本大学病院消化器外科

寺本 賢一 他

 55歳,男性.外出中に卒倒し,心停止の判断でbystanderにより心肺蘇生法(以下CPR)が施行された.当院に救急搬送され機械的胸骨圧迫装置(LUCAS®)を装着.気管内挿管し,経皮的心肺補助装置(以下PCPS)を挿入・稼働した.造影CTで肺動脈本幹から左右肺動脈に塞栓を認め,肝表面には血性腹水と左葉に造影剤の血管外漏出を認め肝損傷と診断した.まずは経カテーテル的動脈塞栓術(以下TAE)を施行し,A2にコイル塞栓術を施行した.しかしその後,血圧低下と腹部膨満著明から腹腔内出血の顕在化と考え,緊急開腹手術を施行した.肝外側区の被膜下出血で,被膜の一部が裂け腹腔内に大量の出血を認めた.タオルパッキングによるダメージコントロール手術を施行.以後,血行動態は安定し,3日後に再手術でタオルパッキングを除去.直接作用型経口抗凝固薬(以下DOAC)内服により,肺血栓の縮小が得られた.第25病日に独歩退院となった.凝固系破綻下でのダメージコントロール手術は有用である.

腹腔鏡下肝部分切除術を行った重症COPD併存の肝細胞癌の1例

茨城県立中央病院消化器外科

松浦 博和 他

 症例は79歳,男性.C型肝炎の治療歴があり,肝S4に径2cmの肝細胞癌を指摘された.術前検査で,慢性閉塞性肺疾患による高度閉塞性障害を認めた.腫瘍の位置や大きさからは腹腔鏡下肝部分切除の適応であったが,低肺機能による全身麻酔や気腹のリスクも懸念され,各科と十分な検討の後,腹腔鏡手術を行う方針とした.
 全身麻酔・硬膜外麻酔下,開脚仰臥位で腹腔鏡下肝S4部分切除術を施行した(手術時間113分,出血量少量).術後第7病日に合併症なく退院.術後病理診断で,中分化型肝細胞癌(pT1N0M0 pStageⅠ)と診断された.
 腹腔鏡手術は創が小さく,開腹手術に比して術後疼痛軽減や入院期間短縮などの利点が報告されている.高齢者や呼吸器疾患併存患者では,気腹による循環動態への影響も懸念され,呼吸機能障害症例に対する腹腔鏡手術の適応基準は明確には定まっていない.今回,重症慢性閉塞性肺疾患を併存した高齢者において,腹腔鏡下肝切除術を安全に施行しえたので,文献的考察を加えて報告する.

腹腔鏡下に切除した妊娠16週で発症した副脾茎捻転の1例

北里大学病院一般・消化器外科

下形 将央 他

 緒言:副脾茎捻転は急性腹症を呈する稀な疾患であり,妊婦に発症した報告例は極めて少ない.症例:43歳,女性.妊娠16週5日に右下腹部より羊水穿刺を施行し,帰宅後から左上腹部痛が出現した.腹痛は徐々に増悪し,発症から2日目に救急要請となった.産婦人科で初期対応がなされ,左上腹部を最強点とする圧痛および筋性防御を認め,外科に紹介となった.腹部造影CTでは,胃穹窿部と脾上極の間に,境界明瞭な50mm大の乏血性腫瘤を認めた.胃脾間膜より腫瘤に連続した索状構造を認め,副脾茎捻転を疑い腹腔鏡下に緊急手術を施行した.術中所見では左上腹部に暗赤色の腫瘤を認め,胃脾間膜から腫瘤に連続する血管束の捻転を確認した.捻転部の根部を切離し,腫瘤を摘出した.合併症なく術後6日目に退院となった.結語:妊娠16週で発症した副脾茎捻転に対し,腹腔鏡下切除を安全に施行しえた1例を経験した.文献的考察を加え報告する.

腹壁瘢痕ヘルニア修復術後13年で生じた遅発性メッシュ感染の1例

武蔵野赤十字病院外科・消化器外科

西山 優 他

 症例は62歳,男性.30年前に交通事故による腹部臓器損傷で開腹手術,13年前に腹壁瘢痕ヘルニアに対して当院でメッシュ修復術を施行した.2年前よりメッシュ留置部の漿液腫を指摘されていた.今回,ヘルニア修復術後の腹部正中創の疼痛・排膿を認め来院した.腹部造影CTで,腹壁下に13×7cmの内部に含気のある膿瘍を認めた.抗菌薬・ドレナージ治療を開始し,その後待機的に開腹メッシュ除去,小腸部分切除,componentsseparation法による腹壁瘢痕ヘルニア修復術を施行した.使用されていたComposix KugelPatch®は腹腔内に直接留置可能だが,本来は腹壁側となる組織親和性の高いポリプロピレンメッシュ面が腹腔内へ露出し腸管と癒着,穿通して漿液腫が感染したと考えられた.遅発性メッシュ感染は留意すべき晩期合併症であり,膿瘍を形成した場合は適切なドレナージとメッシュ除去が必要であり,ヘルニアの再修復にはcomponents separation法は有用であると考えられる.

大腿神経合併切除を要した後腹膜脂肪肉腫の1例

久留米大学医学部外科学講座

菊池 麻亜子 他

 症例は61歳,男性.食欲不振および全身倦怠感のため近医を受診し,腹部腫瘤を指摘され当院に紹介となった.腹部膨隆は認めるが症状はなく,CTでは右側腹部の大部分を占める腫瘤を認めた.生検にて高分化型脂肪肉腫の診断であり,画像上腫瘍は右大腰筋を巻き込んでおり合併切除が必要になることから経過観察していた.6カ月後,腹痛を伴うようになったため手術を施行した.右大腰筋と右大腿神経が腫瘍に囲まれていたため合併切除して摘出する必要があった.腫瘍は30×30cm,5.8kgの大きさで,病理学検査では高分化型脂肪肉腫の診断であった.術後は右大腿神経切除による右下肢の運動障害を認め,リハビリテーションを導入したところ,術後2カ月で職場復帰が可能になった.巨大な後腹膜脂肪肉腫では,大腰筋や大腿神経の合併切除が必要になることがあるため,整形外科やリハビリテーション科などと協力したケアが必要である.

腹腔鏡下に切除した骨盤底aggressive angiomyxomaの1例

浜松医科大学外科学第二講座

杉原 守 他

 症例は48歳,女性.会陰部の違和感を主訴に受診した.造影CTで骨盤底から会陰部に不均一な造影効果を示す長径約10cmの充実性腫瘤を認め,MRIではT1強調で低信号,T2強調で高信号に描出された.診断的治療を目的として,腹腔鏡下腫瘍切除術を施行した.腫瘍は骨盤底で直腸を右側に圧排し,会陰部皮下まで連続していたが,直腸を損傷することなく,経腹的アプローチのみで一括切除が可能であった.術後7日目に退院となり,病理組織学的検査および免疫組織学的検査の結果,aggressive angiomyxoma(AAM)と確定診断された.術後2年8カ月再発なく,経過観察中である.AAMは,生殖器・会陰・骨盤内に好発する稀な間葉系腫瘍である.根治的治療として,外科的切除が第一選択であるが,局所再発率が高く,腫瘍を遺残なく切除する必要がある.一方で,若年女性に多い疾患であるため,機能温存や整容性への配慮も重要な課題である.

TEP法にて修復した鼠径ヘルニア偽還納の1例

津久見市医師会立津久見中央病院外科

川野 雄一郎 他

 症例は65歳,男性.右鼠径部膨隆および疼痛にて受診.腹部CTにて右鼠径ヘルニア嵌頓と診断し,用手整復を施行した.入院後,腸閉塞の状態が持続したためCT再検.右鼠径部の腹壁内に嵌頓したまま移動した腸管を認め鼠径ヘルニア偽還納と診断し,緊急手術の方針とした.腹腔鏡下に観察すると右鼠径部で回腸が肥厚した腹膜に嵌頓していた.嵌頓を解除後,腹膜前腔操作を行いtotally extraperitoneal repair(TEP)法にてヘルニア修復術を施行した.ヘルニア偽還納は脱出臓器が嵌頓した状態でヘルニア嚢とともに腹膜前腔に戻る状態であり,用手整復後の注意すべき病態である.腹腔鏡手術は偽還納の詳細な観察と診断が可能である.特に,TEP法は腹膜前腔操作でヘルニア修復を行うことで腸閉塞時の腸管拡張の影響を受けにくく,本症の治療に有用な術式である.

TEP法を行った大腿型の鼠径部sacless herniaの1例

岐阜県立多治見病院外科

兼松 理彦 他

 症例は21歳,男性.右鼠径部に疼痛があった.腹部造影CTで右大腿輪から脂肪の脱出があり,大腿ヘルニア・腹膜前脂肪の脱出が疑われた.審査腹腔鏡で大腿ヘルニアは認めず,totally extraperitoneal repair(TEP)による腹膜前腔からの観察で腹膜前脂肪が大腿輪に嵌頓していた.嵌頓を解除し,メッシュを留置した.術後速やかに疼痛は消失した.腹膜嚢を欠いており,sacless herniaと考えられた.大腿輪のsacless herniaは自験例を含め7例報告があった.大腿ヘルニアと類似した症状で,年齢が70歳以下であるか,腹部CTや腹部超音波検査で大腿輪に脂肪の脱出があれば,sacless herniaの可能性を考える必要がある.診断は審査腹腔鏡が望ましい.審査腹腔鏡が行われた5例はそれぞれ所見が異なっていた.大腿ヘルニアがなければ腹膜前腔の探索を行うべきであると考えられた.

TAPP法を行った卵管・卵管采が嵌頓した大腿ヘルニアの1例

大野記念病院外科

多田 隆馬 他

 症例は80歳の女性.3日間の発熱を主訴に,当院を受診した.来院時の血液検査・尿検査・腹部CTの結果,急性腎盂腎炎と診断され入院となった.入院時の腹部CTにて右大腿ヘルニアも指摘され,女性付属器の嵌頓が疑われた.しかし,自覚症状を認めなかったため,急性腎盂腎炎の治療後に待機的に腹腔鏡下手術を施行した.ヘルニア内容物は,卵管および卵管采と確認され整復し,TAPP(transabdominal preperitonealrepair)法にて修復した.術後経過は良好で,術後5日目に退院となった.イレウス症状を伴わない女性の大腿ヘルニア嵌頓は,稀ではあるが内容物が女性付属器の可能性も考慮する必要性が示唆された.

出血性ショックを繰り返した二次性腸骨動脈腸管瘻の1例

町田市民病院心臓血管外科

奥村 裕士 他

 症例は67歳,男性.3年前に腹部大動脈瘤破裂に対して人工血管置換術を施行し,腹部コンパートメント症候群に対しopen abdominal managementを行ったが,人工血管感染をきたしたため,人工血管除去術・右腋窩動脈-両側大腿動脈バイパス術を施行した.今回,下血による出血性ショックで救急搬送され,輸血によりショックは改善し出血は一旦治まった.造影CTや消化管内視鏡で明らかな出血源は同定できず,数日おきに4度の下血による出血性ショックを繰り返した.4度目の下血時の造影CTで初めて左総腸骨動脈腸管瘻が疑われる所見を認めた.腸管腹腔内癒着なども考慮して開腹手術は回避し,腸骨動脈塞栓術による診断的一次治療を行った.以後,再出血を認めなかったため,腸骨動脈腸管瘻の確定診断とした.術後5年経過したが,二次治療なしで合併症なく慎重なフォローを継続中である.

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